出会い


 普通、髪と瞳といえば黒色。多少の色彩の違いがあろうとも、基本はそれ。
 広い、海を隔てた大陸には、そうでもないのかもしれないが、この、狭い、小さな島ではそう。
 けれど、オレの瞳は赤かった。

 だから、ずっと、森の奥深くで、隠れるように生きてきた。ずっとずっと、そうして生きてきた。
 オレも、オレの親父も、その親父も…ずっと、ずっと。
 隠れるように…いや、隠れて、生きてきた。逃げてきた。
 ただ瞳が赤いという、それだけの理由で。それだけの理由しかないまま。ずっと。
 こんな小さく、閉鎖された空間で、そんな小さな論議を重ねなければならないというくだらなささえ気がつけぬほど、深い森の奥で生きる。
 嫌気が差していた。
 隠れて隠れて隠れて、逃げて逃げて逃げて、それでも血を絶やせぬその理由は何だ。
 山に女を攫っては子を産ませ、血を絶やさず。
 子にはその技の全てを教え。
 「強くあれ」と。
 ただ強くあれと伝え続ける。
 にもかかわらず、隠れて逃げてただ生きるだけ。
 いいかげん、嫌気が差していた。
 強くなれと言いながら、言われ続けながら、その理由は誰も知らないという。その事実を聞かされたときに、俺はどんな顔をしただろうか。
 何も知らない小さくてバカなガキは、なんだかわからない、腹の底から湧き上がる嫌悪と嘲りに、醜く顔を歪めていたことだろう。
 そうして、親父を見つめていたのだ。
 いずれ俺自身もまた、自分のガキにそんな目で見られるのだろうか。
 この目の前に佇んでいた俺の親父もまた、ガキの頃にこんな目で自分の親父を見つめたのだろうか。
 そんな目で見つめながら、それを享受するしかなかったのか。
 こんなことがただ繰り返されるというのであれば、この血を繋ぐ意味はどこにある?
 満足な食事もできないままに、力を求めよと体を酷使する日々になんの意味があるというのか。そもそも、何のために力を求めるというのだ。
 強くあれ。
 ただ強くあれ。
 生まれたときから吹き込まれた声が、蟲が這い登ってくるかのように気色悪くこの身を絡めとる錯覚。
 二度と、そこから逃れられないのかと思うと、自分の瞳がゆるやかに死んでいくのを感じる。瞳から精気が消えて、ただ動くだけの肉の塊になるのだ。



 森が焼かれて里に追い出された。里の奴らに石持て追われて血を流した。
 何がそんなにいけない。瞳が赤いだけだ。肌の汚さも、瞳の濁り具合も、飢えたその姿も、何も、何も変わらないではないか。
 森が焼けていた。
 朱く鮮やかなその炎の色は、こいつらにも同じように写っているのだろうか。もしその瞳に写る色彩が異なるというのなら、ああ、追われる理由はそれなのかもしれない。
 俺は、奴らの瞳にどう写っているというのか。
 こんなちっぽけな子供を全力で追い払い、追い詰めようと躍起にさせるよう奴らの瞳に写る自分の姿が、奇妙に気になった。
 また森に逃げ込んで、枯れた森の泥の中で暮らす日々。
 齧る草さえない。
 石をひっくり返して虫を漁り、木の根を掘って齧りついた。
 ある夜、山の下の方から喧騒が響き覗き込んでみれば、屍の山。
 佇む黒い男が、オレを見つけて手を差し伸べた。傲然と。
 強い。
 一目で分かった。その強さを理解できるほどには、俺は強かった。多分。
 手を取るべきか、取らざるべきか。迷いはなかった。
 屍の山。
 見下した瞳。
 悠然とした佇まい。
 悔しいが、こいつは強い。
 驚いた。
 目の前に、自分よりもはるかに強く、得体の知れない存在のいるそのことが、酷く悔しかったのだ。
 だから言葉は自然と口をついて出ていた。
「強く、なれるか」
 男はその瞳をおかしそうに細めて、頷いた。



 そこで、オレはオレより異質な存在に出会った。
 銀の髪に紫水晶の瞳。差し伸べられたそいつの肌はどこまでも白く、美しかった。
 投げつけられた石の後も、泥の汚れも、枯枝に引っ掻いた傷もない。
 そして、そいつは俺を見ても声の一つも出さず、眉の一つも動かさなかった。
 里の奴らとは確かに違う。
 だからといって、あの黒い男とも違う。
 その自分とさえ異なる異質な瞳に、自分はどのように写っているのだろうか。



 今、オレはこの赤い瞳を持っていることに感謝している。
 黒い男は言った。
 この赤い瞳が、オレを、あいつと同じこの世の高みに到達させると。
 強くあれ。
 ただ強くあれ。
 虫唾の走るその言葉が、けっきょく自分を導いている事実に嫌気が差しながら、それにさえ感謝していた。
 教えてくれ。
 その瞳に、俺は今、どう写っている?
 あの時、俺の姿はどう写っていた?
 あの日、あの時。
 人の命の潰(つい)える音が、俺をお前に引き合わせた。





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 紅真視点です。ものすごい短いですね。すみませんです。
 出会い編って本サイトの方でいっぱい書いてるから…。
 20040516-ゆうひ

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