ブレイク・タイム・ケルビム おまけ
サツナside 〜小悪魔のささやかな悪巧み〜
テッドから得られるぬくもりに満たされながら、サツナは自分の行為の結果に満足していた。 やはりレイを部屋から追い払ったのは大正解である。自分の判断の正しさを思い、サツナは言葉など必要としない満ち足りる居心地の良さに瞳を眇める。 ことは十数分前に遡る。テッドと一緒にいたいと考えているのはいつものことのサツナは、しかしリビングを覗いたときに垣間見たテッドの様子に、そこに乱入することを躊躇っていた。 レイと何やら話し込んでいるテッドが、何か深く遠い記憶を思い出すかのように、僅かの苦悩を眉間に滲ませてその瞳を眇めていたからだ。 普段であれば迷うことなど何もない。レイとの会話中だろうと何だろうと――むしろレイとの会話中などは意地でも無理やり間に割って入る――テッドはサツナを快く受け入れてくれるし、レイも、レイを無視してテッドになつくサツナを気にしない。そもそも気にされたところでサツナの方こそがレイの気持ちなど無視する。それが不快感であれば尚更に。 けれどテッドがそれを望んでいないとなれば話は別だ。 今でさえ、サツナは常に幾許(いくばく)かの怯えに苛まれ続けている。いつ何時、彼に拒絶されはしないかという恐怖にだ。 離れていた時間がありにも長く、求める気持ちはそれに比例どころか数乗倍される加速度で増していく。その結果が、今のように常に彼の近くにいて、彼のぬくもりに触れることで満たされることに繋がるのだろう。少なくともそれが原因の一端であることは間違いない。 だから迷えば悩むし、臆病になる。しかしそこで終わるようなら、サツナはかつての戦争で『天魁星』など務めてはいない。務め上げることなどきない。 どうしようかと考えながら廊下を進んでいると、躊躇うように視線を彷徨わせるホノカの姿がその視界に入る。このホノカはサツナにとって多少なりとも『気に入る』部類に入っていた。なんとなく、その素直さが弟のようで好ましく感じるのだ。だからといって、普段であれば当然気にも留めない。 しかし今は事情が違った。サツナは脳を回転させる。 レイとテッドが他人の介入を好ましく感じないかもしれないほどの深刻な会話を交わしている可能性がある。自分が乱入することでテッドが不快になったら嫌だ。でもテッドの側にいられないのも嫌だし、レイがサツナよりもテッドの側にいるのも嫌だ。 ではどうするか。 レイに、テッドとの会話よりも気になるものを提供してやればいいのだ。それで、レイの方から自発的にテッドの隣から離れていく。 そして、それにもっとも相応しいものにこれ以上のものはない。 サツナは話し掛けた。 「何をしているんだ、ホノカ」 「あ、サツナさん」 ホノカが今気がついたというのが明らかな様子でサツナに挨拶をした。少々幼くひ弱ななりをしているホノカではあるが、彼はこれで超一流の部類に入る武人だ。 同じ屋根の元。これだけ近くにいてホノカがその存在に気がつかぬのというのは、サツナ自身がホノカと同等かそれ以上に優秀な手だれた武人であると同時に、ホノカにとってが信頼の置ける慣れた存在であるというだけでは片付けられない。考えられる理由は一つ。些細な人の気配になど気づく余裕もないほどに、ホノカが何か別のことに気を囚われていたということだ。 無言のままに視線でその答えを促すサツナに、ホノカは僅かに躊躇い、それでも素直に口を開いた。ホノカにとって、サツナはレイやテッドに匹敵する――並び立つ――頼れる先達、尊敬できる先達であるのだ。 「あの…。実は、デュナンの方で、ちょっと困ったことが起きたみたいで……」 「デュナン? 確かホノカの故郷だ」 「はい。それで……」 僅かに首を傾げてから云うサツナに頷いて、ホノカは一旦言葉を切った。云っていいものかどうなのか迷っている様子――この点、ホノカはサツナとは正反対なのだ。他人の迷惑になりはしないかと、変に気を遣いすぎていらぬ心配をして遠慮する。ホノカの十分の一でも、サツナに他人(テッド以外)を気遣う心があればと思う人間は少なくない。言っても無駄なので誰も口にしないし、ホノカにいたっては考え付きもしない。ちなみにサツナはそんな周囲の感情を知っていて気に留めない――だったので、サツナは変わりに答えを云ってやった。 「今すぐ行きたいけど、そうしていいものか迷ってる? レイに相談しようか迷ってて、できれば一緒に行ってもらいたいと思ってる。でもそんな風にレイに頼ってばかりいては迷惑ではないかと臆してる。違う?」 「……そう、です。やっぱり、迷惑なんでしょうか…」 項垂れて云うホノカに、サツナはきっぱりと言い放った。 「それはない。はっきり云って、君は優柔不断ではないし、賢明さも持っている。その判断を、もっと信じていい」 「……」 ホノカは口をぽかんと開けてサツナの言葉を聞いていた。サツナがこのように人のことを褒めることは珍しい。実際はそれほどでもないのかもしれないが、ホノカは確かに驚いていた。何に驚いているのかも良く分からないまま。 サツナが誰かを認めて、褒めることが珍しいというよりも、それを口にするということが珍しいのかもしれない。そもそも会話を交わすということが珍しい彼なのだけれど。 「賭けてもいい。レイは、君に頼られることを、決して迷惑には思わない。それはテッドさんも、僕も同じ」 レイの場合はテッドやサツナとは異なる感情でホノカを甘やかしてやりたくして仕方がないと感じているから、或いは彼を甘やかして、逆に彼にとって毒になるのではないかと、やはり臆してしまうところがあるのだけれど、そんなことまでは口にはしなかった。 ホノカは俯き黙り込んでしまった。サツナはその様子を黙って見つめていた。決して見守っているわけではないあたりが、サツナのサツナたる所以であろう。 ホノカの答えを待たずに、サツナは突如、くるりとその向きを変えて来た道を引き返し始めた。驚いて顔を上げたホノカを無視して、サツナは黙々とリビングへ向けてその歩みを進める。 必要な材料は全て揃った。 あとはありのままを伝えてやればいい。レイに。 そうして手に入れた安息の時間は、サツナにとって実に満足のいくものとなった。 誰の邪魔も入らず。二人の間には言葉も要(い)らず。 ただ流れるだけの満たされた時間。 テッドの腕の中。その胸に寄り掛かり、その匂いを感じ、その温もりに包まれて、サツナは瞳を閉じていた。 ただ全身で、自分のすべてともいえるその人を感じるために。 |
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お目汚しでした。ぶっちゃけ本編で書ききれなかったものについての補足ですね。雰囲気を壊さずにここまで書き込めればいいのですが…。おまけというよりも4サイドと表記したほうが正しそう。 この話は3ED後でも前でもいいなと思って描きました。なので時間軸は不明。なんだかこの話は描けば書くほどにサイドストーリが浮かんでくる困ったちゃんです。ついでに2主サイドの詳しいお話も書きたいし、デュナンで起きた問題とやらもきちんとした話として書き上げたいです。暫らく経つとそんなもの忘れてしまい、忘却の彼方だろうことは私が一番良く知っていますが、今は本気で核時間がない。悔しいな〜。でもこれに限らず今は邪馬台幻想記でも似たようなもの抱えてるんですよね…(溜息)。 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2006/09/17_ゆうひ。 2006/12/17→おまけをUPしました。 |
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