ブレイク・タイム・ケルビム おまけ 2
レイ&ホノカside 〜殉教者へのご褒美〜
与えてもらった部屋で荷物を纏めていたホノカは、突然の訪問に驚きを隠せなかった。素直にそれを面に出せば、訪問者は僅かに眉尻を下げた苦笑を漏らす。 訪問者の名はレイ・マクドール。この屋敷の主で、ホノカにとっては何にも勝る恩人であり、尊敬すべき人物である彼は、扉の前で困ったような微笑を浮かべながら口を開いた。 「ホノカ、忙しいところすまないけれど、ちょっといいかな」 「あ、はい。もちろんです」 散らかってますけど…と、断りながら、ホノカはレイを部屋へ招き入れた。 「何か、君の故郷で騒ぎが起こっているようだと聞いたのだけど」 腰を落ち着けて、レイは緩やかな微笑でどこか躊躇いがちに切り出した。武人の出であるから、彼にはもちろん激しく糾弾する面がある。しかし、彼がホノカに接するときはいつだとて物腰やわらかに――むしろ遠慮がちに――訊ねるばかりだった。 それが、この二人の関係を如実に表していた。 どちらもが互いを尊重し合い、大切に思い、けれどあと一歩、踏み出せずにいる。 「……レイさんはなんでも知ってるんですね」 ホノカは困ったように、首を竦めるのに似た動作をした。彼がこんな動作をレイに対して向けるのは酷く珍しい。レイに対してでなくともだ。 ホノカという人間はとにかく真面目で、その所作に人を小バカにするようなものが見えることはまずない。 そんなホノカの自虐的な態度に、レイは彼が追い詰められていることを悟り眉を顰めた。 こんなになるまで、なぜ気づくことが出来なかったのか。 他人に伝えられるまで、ホノカが何かを伝えたいと感じていることすら、気づいてい上げられずにいた。 レイは自分を責める。 自分から、訊ねてあげなければならなかったのに――。 だって、ホノカは目の上の人間には丁寧で。迷惑になるかもしれないと、いつだって遠慮がちで。極力自分で全てを解決しようと無理をする。 胸の中に溜め込んでしまう。 彼の姉はそのパワフルさでそれを解消させた。彼の幼馴染は彼と対等にあり、あらゆるものを共有することで、互いに解消を図っていた。 だからホノカは本当に苦しくなってしまう前に、重荷を肩から少しだけ、軽くすることが適っていた。けれど今、その二人はここにはいない。どちらもいない。そしてその代わりが出来るものは誰もいない。 だからこそ、レイはその役を担うべきなのだ。 ホノカを二人から引き離し、この場所に呼び寄せたのは、レイ自身に他ならないのだから。 「何があったんだい」 「……」 「僕では、頼りないかな?」 「そんなこと!」 弾かれたように顔を上げたホノカの瞳に、レイの優しげな微笑が写る。ほんの少しだけ、そこには憂いが。 ――困らせている。 そう感じた瞬間、ホノカの息が詰まった。 ああ、もう限界だ。 頭の冷静な部分が、自分の様子を客観的に判断していた。 「ホノカ?!」 突然涙を流したホノカに、慌てたのはレイだった。下ろしていた腰を上げ、未だ扉の前に佇んだままだったホノカに駆け寄る。 涙を拭い、慰めようと持ち上げられたレイの両手は、しかしホノカの頬に触れることを未だ躊躇ったまま。ホノカの柔らかな頬のぬくもりが感じられるほどの距離にありながら、それは宙に浮いたまま、あと一センチの距離が、縮まらない。埋められない。 「ホノカ…」 「レイさん…」 ホノカが口を開く。レイの言葉を止めたのは、彼の涙だったかもしれないし、そうじゃないかもしれない。 聞くべきなのだと。 今こそ、その言葉を聴くべきときなのだと。 まるで運命の女神が指差したかのように、レイは口を閉ざした。 「ごめん、なさい…。僕は、いつも迷惑ばかりかけています」 ホノカは泣きながら語る。自分で自分の涙を拭いながら。 力任せに擦られた目元が、どんどんと赤くなっていく。 「戦争で辛い思いをした貴方を、また戦争に引きずり込んで。行く当てのなくなったからといって居候して。居座って、頼ってばかりで。――今度は、気を遣わせてる…」 しゃくりあげながら語るその言葉が、ホノカの本心。胸の奥に、ずっと溜め込んできた罪悪感。 そんなものは必要ないのに。 そんなものをホノカが感じていることが悲しく、そんなふうにホノカが感じていたことが辛く、そんなことをホノカに感じさせていたことが苦々しかった。けれど何よりも腹立たしかいことは、そのことに気が付かずにいた自分自身だ。 きっと、同居人たちは気が付いていただろうに。 「ホノカ。僕と君は、どうすればいいのかな」 「レイ、さん……?」 漸く一歩、踏み出す。 「もしかしたら僕等、テッドとサツナの二人よりも長い時間を共有してるのかもしれないのに、お互いのこと、何も見ていない」 「……ごめんなさい」 「謝らないでくれ。ホノカ。」 項垂れ、俯くホノカを、ただ包み込んであげればいい。 今は、まずそうすることから始めるべきだ。 「約束しよう。今度は、一番最初に君に話しに行く。これからは、僕が一番初めに訊ねに行く。だから、ホノカ。君も、そうしてくれ」 「……」 「迷惑かどうかは、それから考えても遅くはないよ」 「……はい」 レイが微笑み、目じりに僅かに残るその涙を拭う。 「じゃあ、まずは今君が抱えている気がかりから始めてみようか」 「はい」 漸く笑顔を見せたホノカに、レイは笑みを返す。 安堵にそっと息をついたことは、ホノカにはまだ秘密。 |
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何これ。駄作。無理。もう無理。この二人っていまいち捉え切れてない…。奥手二人をいったいどうやって進展させればいんだ…。 当初はホノカサイドとして、デュナンまで足を運ぶ予定だったのに…。 ご意見ご感想お待ちしております。_(c)2006/09/17・1217_ゆうひ。おまけ3。これで完結です。 |
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