+ みみとしっぽとふわふわで/1 +
ふわふわとした――
それを追いかけていたんです
市街は今日も晴天だった。 十歳を二つ三つ過ぎたほどの少年――劉鳳は自室のバルコニーからその澄んだ青空を見つめている。深紅の瞳がいつもと何ら変わりばえのしない日常に、どこか退屈そうな色を滲ませていたりするのが…それはどうやら当の本人でさえも気がついてはいないようだった。 なぜなら、彼には不満なんて何一つとしてなかったから。……と、少なくとも彼自身はそう思っていたから。 空は良く良く澄んでいる。太陽の陽射しが眩しかった。 隆起した大地は空により近く、彼の自室は2階あるためさらに空は近くなる。 白い雲は急ぐこともなく、のんびりと流れていた。 ふわふわふわ。 不意に視線の端を掠めた赤に、劉鳳はなんとはなしにその面(おもて)を向けた。 邸を囲む塀の上に、ほんの微かに覗いた赤だった。 ふわふわふわ。 それは右に左に行ったり来たり。 まるで塀の上を歩いているかのようだ。子猫か何かだろうか?それにしては珍しい色をしている気がするが…。 考えてはみるものの、彼がいる自室のバルコニーからその塀は少々遠すぎる。目を最大限まで凝らしてみても、何かふわふわした赤いもの。としか分からなかった。 「なんだろ…」 何故だかどうしても気になって仕方がない。 自分の思いを口に出すことなど珍しい彼のこの呟きは、彼がそれに対してもう夢中になっていることを表していた。 体の向きを反転させて、彼は駆け足で廊下を渡る。やはリ彼にしては珍しく足音を立てて、どこか慌てたようにも見える様子で階段を下り、他のものには目も向けずに玄関へ。 彼の愛犬の絶影が少年の姿を見つけて駆け寄ってくるが、彼はそのまま走り続けた。 「あっ…」 玄関へ辿りつき、少年は思わず声を上げていた。 そこには見たことのない子供が一人、右に左に行ったり来たり。何かを探しているようにも、探(さぐ)っているようにも見えた。 赤茶の髪に琥珀の瞳。身長は劉鳳自身よりも低く、古びた衣服から覗く四肢は痛ましいほどに細かった。 (間違いない、あれはこの子だ――) 慎重は邸を囲う塀に遠く及ばないが、彼は2階の自室のバルコニーからの様を見た。丁度塀の上を滑るように、ぴょこぴょこと弾むようにして、その赤は自分の目に写った。 「あ、あの――」 「ん?」 どきどきどきどき。 心臓が破裂するかもしれないな…と、頭の隅でぼんやりと考えながら、劉鳳は直立不動状態で声を発する。 赤い髪のその子供は劉鳳自身にとっても思いのほか大きく響いた声にすぐに気が付いた。訝しげな視線を劉鳳に向ける。 劉鳳の肩が跳ねた。 赤い髪の子の瞳が、鮮やか過ぎて。思わず見惚れていた。 きれいなきれいな琥珀色。 「なんだよ、てめぇ」 「えっ、あ、あの…」 思いもかけず声を掛けられて劉鳳は慌てた。これでもかというほどにうろたえた。 どうやら劉鳳がその琥珀の瞳に見惚れていたのを不快に感じたようだ。怒気を含んだ声に劉鳳は何を云って良いのか瞬時には思いつけずに、うろたえ続けて結局脳裏によぎったのは全然別のことだった。 (あ、あれ…) 「もしかして…男の子…?」 思わず指差してしまった。 赤い髪のその子は一瞬何を云われたのか分からず、琥珀の瞳をきょとんと見開いて劉鳳を見つめていたが、やがて漸く耳に入った言葉が脳にまで届いたのだろう。 瞬時に顔を赤く染めて叫んだ。怒りと恥ずかしさの為だろう。 「な、何云ってやがる!!男じゃなきゃ他に何に見えるってゆーんだよ!!」 男じゃなきゃ女に見えるのが普通だろう。 だがここで聞くのも一応礼儀な気がする…。定石? そして劉鳳も律儀に答えていた。 「あ、すみません…。女の子かと……」 ぱっと見てそう思ったのだ。……なんか、すっごくかわいい子だなー―――と。 だから何も考えずにその子は女の子なのかと思った。 だが喋り方と少女にしては僅かに低い感のする声に、もしかして男の子?と思い声に出してみたらその通りだった。 悪いとは思いつつ…何故だか劉鳳は自分が酷くがっかりしているのを感じていた。 一目ボレは恋に落ちた一瞬と同じ速さで失恋に終わったらしかった。幸いといえば、彼がその恋心を自覚する前だったことくらいだろうか。 気が付いていないと云うことは、これから気がついてさらに悩む可能性もあるということだが…。 「ばかじゃねーの、お前。男と女の区別もつかねぇのかよ」 「すみません…」 赤い髪の少年の怒声に、劉鳳は素直に謝罪する。もしこれが自分であったなら、たとえこれほどにまでは怒鳴らずとも、確かにいい気持ちはしないだろうから。 もっとも、劉鳳は整った顔立ちをしてはいるは少女に間違えられたことはなかったが…。 「あ…ええと、何してるですか?」 「あ?…捜し物」 じっと睨み据えるようにして見つめてくる琥珀の瞳に、劉鳳は居たたまれなくなって話を反らした。 あからさますぎたかな。と思ったが、思いの他簡単にその少年は劉鳳の話に思考を切り替えてくれた。 これ以上自分の性別が間違われたことについての話題に触れていたくなかっただけなのか。それとも単純なだけのか。 出会ったばかりの劉鳳には判断つきかねた。 「捜し物?」 「まぁな…」 少年は言葉を濁し、劉鳳から視線を反らした。 少年の琥珀の瞳が自分から外され、劉鳳は安堵と淋しさに同時に襲われ、僅かに表情を顰めさせた。自らを責め立てるような視線から逃れることにはほっとしているが、それと同時にその琥珀の瞳がもう自分に向けられていないと云うことに淋しさを感じるのだ。相反する二つの感情が同時にやってくる。それは思いの他心苦しく不思議なものだった。 「…う〜ああっと。猫が入り込んじまって、探してたんだよ」 「猫?君が飼ってるの?家に入り込んじゃったの?」 それならばこの少年を家に招き入れることを許してもらえるかもしれない。 劉鳳は無意識的にそんな希望を抱き、心を高鳴らせた。 「いや…さっきその辺で見つけて、面白いから追っかけてだだけ」 だからもう帰る。 少年は軽く云った。 踵を返し掛けた少年に、劉鳳は慌てて声をかけようとその手を伸ばす。ふわり舞った少年の赤い髪に見惚れて、零れたのは僅かな呟きだけとなった。 「あ…」 「なんだ?」 それでも少年にはちゃんと届いたらしい。不思議そうな表情を劉鳳に向けて問い掛けてくる。 その隙だらけともいえる表情に、劉鳳は再び見惚れ、そしてはっとして我に返ると口を開いた。 「そ、その、名前…教えてもらえませんか?」 「なんで?」 「いや…その…」 「…カズマ」 劉鳳が理由を考えていると、少年は突然言葉を発した。 「カズマ」 それが赤い髪の少年の名であることを、劉鳳はすぐに理解して、今度は自分の名前を告げようとする。 「ぼ、僕は…」 「云わなくていい」 「え?」 「興味ねぇから」 少年――カズマの一言に、劉鳳は少なからずショックを受けた。続く言葉が見つけられない。 呆然と立ち尽くしたままの劉鳳に、カズマは自分の言葉で劉鳳が傷ついたことを感じたのか、ただ劉鳳の態度に苛立っただけか。僅かに顔を顰めると、口を開いた。 「今日はもう帰る。また…逢った時に聞くから」 「また…」 カズマはにやりと笑みを一つ残して去って行った。 駆けて行くその小さな細い背中を、劉鳳はただ黙って見送る。その顔には、至極嬉しそうな笑みが浮かんでいたが、生憎とそれを見ることができたは、彼の愛犬の絶影だけ。 そんな柔らかな表情を浮かべた本人すら、気づかぬことだった。 |
ふわふわとした
まずはそれに惹かれて
僕らは出会ったのです
----* こめんと *--------------------------------------------------
あれ?なんか思ってた話と全然違くなったぞ。何故だ? それは私がきちんと話を作ってから書かないから。 なので本来書こうと思っていた話は今度に。でもタイトルはこのまま行きます。そして表では初の連載…にしたいかと……。 実はこれ一週年感謝企画の配布小説にしようと思って断念したものだったり。 それにしてもなんか無性にタイトル変えたい!!でも続けたい話はこんなタイトルがいい。っていうか合うかもしれない気がするようなしないようなするような(←どっちさ/汗) ご意見ご感想お待ちしております。 |
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