+ みみとしっぽとふわふわで/3 +
ただもう一度会いたいと
この心が願い
そして叫び続けていた
その子との再会は、たいした時間を置かずに実現しました。 その日も、あの時と同じように空は青く青く晴れていたんだと…少年が思い起こすのは、まだとうぶん先の話し。 この日、劉鳳は自分の部屋の窓に突如として現れた客人を前に、深紅瞳を丸く見開いていた。 客人の名前はカズマ。ふわふわとした赤茶けたくせっ毛と、琥珀の瞳の印象的な少年だった。 カズマと劉鳳の出会いはつい昨日のこと。出会って、ほんの少しの会話の後に、すぐに別れた。 劉鳳はカズマの名前を聞き、けれど彼に自分の名前を名乗ることを拒否され、だからカズマは劉鳳の名を知らない。 いつものように部屋で本を読んでいるときだった。昨日の赤が忘れらずに、何度も本から気がそれてしまう。 だからはじめは幻覚だと思った。そして、そんな物を見てしまうほどにその子に会いたいと願っている自分に苦笑した。こんなにも一つのことに気を捕らわれている自分に驚いた。 ―――だって、そんなの初めてのことだったから。 何かのことに、回りどころか自分の心さえも見ないほどに気を捕らわれるなんてこと、今まで一度だって経験したことがなかったから。 だから、窓の端にちらりと写ったその赤も、自分の心が見せた幻なんだろうと。 けれどそれが間違いだと気がついたのは、彼の姿が全て露わになってから。 コンコン。と、その赤茶の髪の少年の小さな手によって窓のガラスが軽い音を立ててからだった。 赤いふわふわのくせっ毛を見て、さらに、それが間違いなく現実に今ここにいると気が付いて、思わず「カズマ」と声に出した劉鳳は、慌てたようにして窓――バルコニーに続いている――に駆け寄り、その鍵を開けた。 「なんだよ、もっと早く気がつくと思ったたのによ」 窓を開けるなり劉鳳の部屋へと入ってきた赤茶の髪の少年カズマは、開口一番そう云った。 ほんの僅かに唇を尖らせて、まるで拗ねているかのように。 だから、劉鳳は思わず謝ってしまう。項垂れて、小さく「ごめん」と口にしながら、それでも自分の心が嬉しさに踊り狂いそうなほどばくばくと高鳴っているのを感じた。 「昨日、お前が名乗りたそうにしてたから、わざわざ来てやったんだぞ」 あくまでも劉鳳のために来たのであって、自分が積極的に来たくて来たわけではないと、カズマは言い訳のように口にした。 早口に捲くし立てられるそれらの言葉と、そのどこか照れたような――それでもしっかりと劉鳳を真っ直ぐに睨み付けていたが――表情が、劉鳳に嬉しかった。 ほんの少しでも、自分のことを気にしてくれたのだ。 本当は、その事実だけで充分だったから。 「ありがとうございます。…それで、カズマ」 劉鳳は噛み締めるように目の前の突然のお客の名を口にし、一端言葉を切る。 真っ直ぐ見つめれば、琥珀の瞳は不思議そうな色を湛え、それでもきちんと深紅の瞳を見つめ返してくれた。 劉鳳はまた嬉しくなった。今度はそれを隠すことができず――いや、初めからその気などなかったのだが――微笑って次の言葉を口にした。 「今度は、僕の名前を聞いてくれますか?」 きょとん。 まさにその擬音が正しくぴったりと当てはまる表情をカズマはして、それから彼もまた笑った。ただし、こちらはにっこりとした微笑ではない。 悪戯っ子が何かを企んでいるような、にやりとした――けれど確かに楽しそうな笑み。 そんな笑みで、カズマは嬉しそうに云った。 「云っただろ?そのために来てやったんだって」 決してそれが聞きたくて一日と間(あいだ)を置かずに訪れたとは云わない。 けれど、劉鳳にはそれで充分だった。 楽しそうな琥珀の煌きと、目の前にある現実。自分の耳に心地良く響いてくる声。そこから紡がれた言葉。そして、その一つ一つに踊る自分の心。 それが幻ではないという事実だけで、彼には充分だった。 さて、劉鳳の云えは実はかなりのお金持ちだった。かなりというか、この辺りでは一、二を争そう。というか、一番かもしれない。しかもだんとつで。 そんな家であるから、普通は蟻の子一匹無断で入って来ることはできないはず…であるのだ。 名前も名乗って突然の爆発しそうな嬉しさから解放された劉鳳は、はたと漸くそのことに気がついてカズマに尋ねた。 彼は劉鳳に出されたお菓子をぼりばりと音をたてながら実においしそうに食べ。 「は?…ああ、それは…ええっと、その…企業秘密だっ!」 一瞬何を質問されたのかわからないように呆けて、それからすぐに視線をさまよわせて、最後は一人で話しを無理矢理締めくくって納得しろとばかりの口調でそう云った。 本当に、本当に。 もうそのことには触れて欲しくないような表情をしていたから、劉鳳は口を噤んだ。 気にはなったけど。家の警備はもちろん何よりカズマが心配だったけど。それでも、これ以上追及して彼を困らせたくなかったから、それ以上に、怒らせてもう二度と逢わないと云われるのが恐ろしかったから。 だから、劉鳳は口を噤んだ。 特別には、話したことは何もなかった。 ただ日の暮れるまで、二人は劉鳳の部屋に一緒にいただけだった。 カズマは相変わらずお菓子を食べ、劉鳳はカズマがおいしそうにお菓子をたいらげていくのに驚き半分、嬉しさ半分の複雑さ――後は、後でこぼれたお菓子のクズの掃除をしなきゃなとか思いながら――で見て、時々食べ尽くされたお菓子の補充に部屋を開けて階下へ降りて行き。 「今日はよくお食べになりますね」 とか、昔から劉鳳の邸で働いている女中頭ににっこりと笑いながら云われて、慌てて云い訳をしたりとか。逃げるようにそこから立ち去り、咄嗟に口走った云い訳の内容なんてまったく憶えてもいなくて、しかもその必要も実はないのでは?とか気がついて、一人顔を朱くしてみたりとか。 今日や明日の天気の話しとか、昨日の事とか、今まさに食べているお菓子についてだとか。 本当に、他愛もない話しをして。 二人とも、本当に云いたいことも、聞きたいことも口にはしないでいるのだと、お互いに分かっていて、それでもやはり口には出せないで。 日が暮れて、劉鳳は夕食の時間だ。と、困ったのを見て、カズマはそれなら自分もそろそろ帰ると立ち上がって。 「ま、待って。あの、夕食、食べて行かない?父様も母様も、きちんと説明すれば喜んで迎えてくれるよ、きっと。僕、ちゃんと説得するから」 「…なんて?」 「え?」 必死で言葉を紡ぐ劉鳳に反して、カズマの声は落ち着いていた。どこか、冷えているようにも感じるほど、静かで…そしてそれ以上に、寂しさを感じさせるものだった。 だから、劉鳳は言葉に詰まった。 カズマのことなど、自分は何一つ知らない。 「オレのこと、なんて云ってきちんと説明すんだよ」 「それは…」 劉鳳は視線をさまよわせることしかできなかった。 本当に、自分は両親になんと云って説明するのか。 彼は…自分の大切な客人で、自分でも良くわからないけれど。けれど、それでも間違いなくそれ以上の存在で、けれど、この家への正体不明の侵入者であるのに。 自分は、なんと云って、彼を紹介するのだろう。 「…オレは、別に…お前のこと、嫌いじゃないぜ」 躊躇うように、途切れ途切れに紡がれる言葉に、劉鳳は俯かせていた顔を上げた。そこで漸く、自分は視線をカズマから外すだけにあき足らず、その顔さえも俯かせていたことに気がつく。 顔を上げたそこにカズマがいて、彼はやっぱり視線をさ迷わせていたが、それでもその顔は俯いてはいなかった。真っ直ぐに、窓の外に広がる茜色の空に視線を向けられている。 日暮れの朱(あか)が大きく開かれた窓から射し込んで、カズマと劉鳳と。そして、二人だけしか今はいないその部屋を眩しいくらい色鮮やかに染めていた。 カズマが何を云いたいのかがわからなくて、劉鳳は黙ってカズマにその深紅の瞳を向けていた。 自分にはそれしか出来ないのだと思ったわけではない。ただ、のまれたのだ。 鮮やかな朱と。そこに浮かび上がる横顔に。その、真っ直ぐと遠くを見つめる…今の自分では決して知ることのできない何かを抱え持つ彼に。 自分を取り巻く景色の全てに飲み込まれ、劉鳳を口を開くことすらできなかったのだ。 しばらく待って――本当は、時間の感覚なんてなかったけど――カズマは劉鳳にその琥珀の視線を向け直した。 真っ直ぐと自分を見つめる琥珀の瞳は、陽の朱(あけ)に染まりより美しい飴色に見えた。とろとろととろける、不思議な色。 彼は不意に微笑った。 「だから、また、明日も逢いに来てやる」 云って、彼はバルコニーへ飛び出した。 バルコニーから飛び降りようと柵に手を掛けるカズマに、漸く我を取り戻して劉鳳が掛けつけた時には、赤いふわふわとしたそれはもうどこにも見えず。 一瞬、今日の出来事すべては夢だったのではないかと不安に襲われ――それでも、部屋の中を振り返れば、そこには確かに自分意外の彼がいた証(あかし)が確かに存在していて。 劉鳳は、思わず微笑んでいた。 床に散らばったお菓子のクズを片付けなければと。 僅かに苦笑ながら、劉鳳は窓の扉を閉め、部屋の中へと戻って行った。 茜にかがやく陽の光が、その後姿を照らしていた。 |
逢いたいと
心が絶叫した
この身を引き裂かんばかりに
----* こめんと *--------------------------------------------------
前回から結構な間が開いたような…(汗) もうお気づきかと思いますが、このお話しは劉鳳視点とカズマ視点で交互にやっていきたいな〜とか考えています。どこまで出来るか分かりませんが、できるだけその順番でやっていきたいな〜…と、涙ながらにそう思ってます(苦笑) そんなこんですが!!時間かかってしょうがないので、前回のように必ずしも同じ時間帯を別視点で書くという訳ではありません。 重なる部分もあるとはもちろん思いますが…っていうか、間違いなくあります(断言←あ〜ぁ、使ってしまったよ、自分) |
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