+ 其は眠りにつき  第二…「-hai-其は雪よりも白く血よりも朱く」 +









 灰色の日。
 白と赤。
 赤はすぐに黒く変色して、自分の目は物を写すという基本的な機能すらもまっとうできていなかった。
 すべてが霞んで見える。
 世界が色褪せていく。

 息が白い。
 肩に、頭に、膝に。
 降り落ちてくる雪。
 冷たくて、寒くて。
 凍えてしまいそう。

 灰色の日。
 空には雲。日の光を隠す灰色の雲。
 雪が降る。
 積もった雪の白。
 そこに広がる赤。
 自分の体から零れた赤。
 すぐに黒く濁って乾いていく。

 世界が色褪せていく。
 目が霞む。
 手の・・・指先の感覚がなくなっていく。震えが止められない。勝手に震え、痙攣する指先。ぼやけて写る。
 世界が、色褪せていく。

 冷めたスープ。
 暖め直して、それだけが、ひどくひどく、自分の記憶に残っている。

 色褪せた世界の中で、それだけに色があった。

 温かなスープ。
 湯気が立ち上る。
 一口飲む。
 こくりと喉が鳴り、ゆっくりと喉を流れていく。
 体が心から温まるその感覚に、まだ笑えるのだと・・・自分はまだ微笑むことができるのだと、震えの止まった指先がクリアに写る。
 世界に色が戻った。


 赤茶けた髪の、ひどく痩せた少女がそこにいた。
 廃墟と化したここがかつてどれほどの栄華を誇っていたのかなどは想像もできない。真実を聞いたとして、それを思い浮かべることも困難なほどに荒れ果てたところで、少女は崩れた壁に寄りかかって座っていた。
 寒さに、縮こまるように丸められた背中は、ひどく頼りない、小さなものだった。

 今は冬だ。
 天気は連日悪い。
 雪が降り積もり、陽の光は射さない。朝と夜が同じ色をしていた。

 少女はこの季節にはそぐわぬほどの薄着だった。擦り切れた薄手の長袖のシャツに上着が一枚。素足に、これも擦り切れたスニーカー。それだけだった。
 覗く手足、首筋が細く、骨と皮しかないかのようだった。ところどころ汚れ、決して衛生的とはいえない。本来ならばふんわりと広がるだろう柔らかそうなその髪も、今はぼさぼさと放って置かれるままだ。

 しかし、その琥珀に瞳に惨めさや悲惨さは微塵もなかった。

 口元は硬く結ばれていた。
 手は硬く握られていた。
 視線はまっすぐと前だけを見つめていた。

 少女の名はカズマ。
 ここはロストグラウンド。
 目の前にあるのは壁。
 その壁の、カズマから見て向こう側。
 そこが、市街。

 灰色の世界。
 降り積もる雪。
 白の上に広がる赤。
 震える指先。
 霞む視界。

 壁の向こう。

 たった一枚隔てたその向こう側は。
 同じ陸の続きにあるそこは。
 あと一歩踏み出せばたどり着けるそこでは。

 冷めたスープを温め直す必要もない。


 だってそう。
 冷めたスープなど…そこには、ないのだから……。


 誰かのためではない。
 自分のためだ。

 別に一緒に暮らしてたわけじゃない。
 少しつるんでただけ。
 致死歯も行かぬ子供が、どこにも属さずに、群れもせずにたった一人でいくて行くことはかなり難しいことなのだと悟っただけ。悟らずをえなかっただけ。

 たまたまその中の一人が病気になって、自分はどうすればそれが直るのか知っていただけ。そして、そのため二歩つ様なものがどこにあるのかも知っていたし、それを得る手段も知っていたし、それを実行する行動力も、他の奴らよりもほんの少しだけ強い力も持っていたから。
 だから、別に誰かのためなんかではない。
 あくまでも自分のためで、ただの成り行きなのだ。

 べつに後悔はしていない。
 助けてとか、なんかすがるような目で見られたからとか、理由は挙げようと思えば挙げられるけど、実はその理由はどれもうそで、ただ、なんとなくそうすることに自分の気持ちが偶然、気まぐれに傾いただけ。
 結局、決めたのは自分。
 自分がしたいようにしただけ。やりたいようにやっただけ。

 自分勝手なんだよ。

 心の中でそうつぶやいた。

 壁の中にも灰色の世界があった。
 結局、自分の行く場所は、自分が行くことができる場所は、灰色の世界だけなのだと…ぼんやりと思った。この、いま目の前にある、灰色の壁を見るともなしに眺めながら。

 何の問題も起こすことなく、欲しいものを手に入れるには金が必要だとは知っていた。
 けれどその金を手に入れるのが、壁の外ではひどく難しいのだということは、知るより先に思いらされた。
 金なんか手に入らなかった。手に入れられなかった。
 だから奪うことにした。
 そして失敗して捕まった。

 誰のせいでもない。
 自分せい。
 自分が弱かったか、あるいは運がなかっただけか。
 おそらくはその両方なのだろう。
 ついでに知識もないということは、自覚していた。
 べつに欲しいとも思わなかった。

 捕まって放り込まれたそこは、やはり灰色の世界だった。
 そこに放り込まれたとき、思わず声を上げて大笑いしそうになった。

 やはり、自分は灰色の世界でしか生きられないのだ。

 そう、突きつけられたようで。
 格子の扉がガチャンと言う耳障りな音を立てて閉められた後は、こらえきれずに笑った。
 声を上げて、笑った。

 自分は灰色の世界でしか生きられない。
 色褪せた世界でしか生きられない。

 こんなにも。
 こんなにも、色鮮やかな世界の中にあってなお、自分は灰色の世界に来るように運命づけられているのだ。

 みなきれいな服を着ていた。
 腹を空かして目を血走らせている奴なんてどこにもいなかった。
 そこら辺を徘徊し、ゴミを漁っている犬や猫や烏でさえも。
 ならば自分たちは何なのか。
 この灰色の世界で生きる自分たちは何なのか。
 ゴミを漁っても、それでも食事にありつけない自分たちは何なのか。

 世界が灰色に染まっているのなら。
 自分がそこでしか生きる権利を与えられないというのなら。

 自分が世界を染める。

 白と赤と。
 色褪せた世界で。
 霞む視界で。
 震える指先が。

 灰色の世界。
 それでも、自分の心は死ななかった。

 この世界には王がいるのか。
 この世界を束ねているものは何なのか。
 何もいないのなら、自分は行きたいところへ行く。
 縛るものは何もない。
 この灰でできた檻でさえも自分を縛ることは決してできない。

 できない。
 誰も自分を縛ることなどできない。

 なぜなら。


 少女の琥珀の瞳が闇の中、金を帯びて不気味に輝いたことを、誰も知らない。





 灰色の世界で、それは孵化した。









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「hai」はそのまま「灰」ですが「妃」でもあります。他にもいろいろです。
女の王って一文字でどういえばいいのかよくわからなかったです(調べろ)
あとから気がついたけど、今回のタイトルって白雪姫っぽい?!(白雪姫…好きじゃないんです)
なんか一気に書き上げたの今度もどっかいろいろ間違えてるかも…(汗)
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