+ その手のぬくもり-Anothers parallel side story- +
その日の夜は、まるで霧のような雨が、深深と降り続いていた。 早い朝とは、いったいどれほどのときを持って云うのだろう。ここでは、みんな陽が昇り始めると同時に起きる。 ここでなくとも、この島の中ならばそう変わりはなしない。 朝と共に目覚め、日暮れと共に眠るのだ。 ここでは夜が遅い。 いや、夜と共に活動を始めることもある。 陽の光の中だけでは生きてはいけない。 夜の陰の中でだけでも生きてはいけない。 それがここ、陰陽連。 この夜は、霧のように、体中に絡みつくような雨が…音も無く降り続いていた。 今は無き月代国の生き残り。それが、自分がこの陰陽連で方術士として育てている子供の一人だった。 月代国は方術を伝えていた数少ない国の一つ。そんな国をまとめる王家の血統であるその少年の潜在能力は計り知れないもので、だから連れてきたのだ。 明け方。 その少年と共に方術を仕込んでいる最中の少年が一人でやってきた。 二人がそろって仲良く来たことなど一度だって無いし、べつにそんなことを望んでいるわけでもない。だが、訓練開始の時間になって二人が揃っていないことなど一度も無かった。 「紅真、紫苑はどうした?」 雨が降っていた。 ひどく激しく。 目の前にいる黒髪赤目の少年に男は問うた。 少年はひどくいやそうな表情を作り答えた。 「熱出して部屋で寝てる」 簡潔な答え。 男は少年に再び問う。 「熱だと?どうしてだ?」 日々体を鍛えている。今は季節の変わり目でもない。 急に熱を出すとは考えられなかった。 「知らねぇよ。なんか昨日の夜、雨の中ずっと外にいて、濡れたからだ乾かしもせずにほったらかしてたみてぇだぜ」 理由は知らない。 少年の言葉を聞き、男はふむと頷いた。 べつにそれを不思議に思いはしなかった。いや、何も感じなかったというべきだろうか。 少年たちの精神がいまだ不安定なのは、少年たち自身よりも知っている。そんなことがあっても不思議には思わなかった。 男にとって、少年たちは利用すべき存在であって、守り慈しむ対象ではなかったので心配することも無い。 「そうか…紅真、今日は自主訓練にする。部屋に戻れ」 「なっ、なんでだよ?!べつに俺が熱出したわけじゃねぇんだぞ!!」 「二人別々に教えるのも面倒だ」 少年の抗議に、男はそう答えるだけで、その場を後にした。 ふらりと。 足が向いた。 扉を開ける。音もなく。 覗いた部屋の中には少年が二人いた。 男の教え子だった。 一人はきちんと布団に入り、苦しげな呼吸を繰り返している。銀色の髪が床の上に散り、今は閉じられている瞳の内は、透き通るような藤の色をしているはずだった。 もう一人は紅真だ。 黒髪に、いまは硬く閉ざされ窺うことのできない赤い瞳。 正反対の少年たちは同じ部屋にあり、等しく肩を並べて学び、けれど決して互いに触れ合うことはしなかった。心を通わそうなどとはしなかった。 それを見越してつれてきた。会わせ、肩を並べさせた。 今、紅真は硬く、自分の隣に眠る少年の手を握り締めている。 握り締めたまま、眠っている。 紫苑。 それが、熱を出して眠る少年の名前だった。 自分の父親を殺したのが誰なのか。 それすら気づかずにいる少年。 男は扉を閉めた。 音も無く。 利用するために連れてきた。それだけだ。 情なんて一かけらさえない。そのはずだ。 だからこれはそう。 利用できる前に死なれては困るから。ただそれだけなのだ。 なぜなら、それはまだ幼くて…ちょっとしたことですぐに死んでしまう、弱い存在だから。 利用する前に死なれたら困るから。だから……。 熱にうなされる子供を一人部屋に残して、男は部屋の前から去って行った。 その顔が、苦しげに歪められていたのを知るのは…きっと誰もいない。 そう、それは男自身でさえも、知らないこと。 |
----+ あとがき +------------------------------------------------------
もうかなり昔に書いた(その頃はまだ別館とか云ってたんだよね…ぱろ小説置き場って。今じゃぱろのがメイン/遠い目)その手のぬくもりもう一つのお話の平行側のお話(長い上に意味がわからない)です。とんでもなく短いです。 これを書くにあたり「その手のぬくもり〜AnotherStory〜」を読み返しました。 ああ、恥ずかしい。稚拙な文にも恥ずかしかったですが、たいして成長していない今の状態にも恥ずかしくなり。どうするよ?!みたいな…。 「その手のぬくもり〜AnotherStory〜」はどちらかというと紅真視点です。この平行話はシュラ視点。もし紅真視点を読みたいと思いましたらこちらからどうぞです。かなり覚悟が必要です。 ご意見ご感想お待ちしております---2002/09/13 |
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