月の精霊 星の王
***ACT-8***
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だってそれは「神」自ら封印したはずだ。 誰も通ることができないように、幾重もの封印を施したはずだ。 「破られた…?そんなはずない。なら……」 「神」は封印其の物を施しはしなかった。 「罠?」 なんの為の? 「起きて…紫苑くん……!」 暗い室内で眠る少女を前に。 壱与は声にならない叫びを上げた。 次元と次元の間には、それら全てに繋がる時さえ止まった空間が存在する。 そこを通れば過去も未来も、この世にある…いや、この世にさえ無い空間へ世界へ行くことが出来る。 だからこそ誰も辿りついてはいけない空間。 何人も立ち入ることの許されない場所。 不干渉の地。 「紫苑の様子は?」 訊ねたのは蒼志だった。月の王。 壱与はゆっくりとその顔を上へと巡らす。 一度蒼志に視線を向け、しかし何も語らずに再び俯く。 二度三度力無く首を横に振る。 「そう…か…」 答える蒼志の声は暗い。 彼もまた俯いていた。 紫苑が神との「約」を破った。 その知らせが届いたのは、丁度王の茶会を終わらせようとしていた頃。 紫苑が「多高層域」を抜け、「多宙広界」…つまりは紅真が転生した次元へと紅真に会いに行ったということだった。 壱与と蒼志が知らせを受けて太陽の王宮へと掛け付けたとき、そこにはぐったりとした様子で眠り続ける紫苑の姿。 どれほど呼びかけても、彼女が目覚めることはなかった。 紫苑は目覚めることなく眠り続けている。 そう。 ただ眠り続けている。 「元々魂と現世との繋がりの薄い孤燈精霊だもの…ありえないことじゃないわ。でも、まさかこんなに…!」 壱与は両手でその顔を覆った。 一度は死んだはずの命。 孤燈精霊の肉体と魂は、普通よりもずっと分離しやすい。 「でも、普通じゃ無理だわ!だって多高層域は神によって封印されてるのよ!」 どれほど強い意志を持っていようとも、そこを通ることが出来るはずがない。 できるのは神だけ。 「紫苑くんは…どこにいるの?」 もはや紫苑の魂は多宙広界にはない。 それは確かなことだった。 「壱与殿、落ち着け」 そこに蒼志の声が響いた。 低く、重く。人を落ち着かせるには威厳がありすぎるほどの声だった。 「先ほども云ったが…あなた方になら出来ると信じている」 「蒼志…殿?」 彼が何を云いたいのかがわからない。 分からない。 分からない。 何も…。 「!蒼志殿!!」 壱与は叫んだ。 目の前にある蒼志の身体が透けていく。 「ダメ!!」 手を伸ばす。 身体を伸ばす。 「王の寿命は…元々限られているんだ」 ―――神の手によって。 全て全て決められている。 神の気まぐれによって。 「蒼志…殿……」 一瞬前まで確かにそこに存在していたその温もりを捜す。 けれどそれを見つけることは出来なかった。 目の前で消えるようになくなった月の王。 寿命の尽きた王。 「もう…とうの昔に…」 涙は流れなかった。 泣いている暇はないと思ったから。 涙は、意志の力で止められる。 崩れ折れた床の上に膝を付き、もはやいない人を今は振りきる。 哀しんで泣き叫ぶことを、その強く厳しい瞳で暖かく自分を見てくれたその人は望んでなどいないから。 「もう…許さないんだから……!」 壱与は面を上げた。 翠の瞳には強い光が灯っている。 強い、覚悟を決めた光を宿した瞳。 立ち上がる。 眠り続ける者。 記憶を捜しさ迷う者。 涙を振り払い立ち上がる者。 皆。 |
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