月の精霊 星の王
***ACT-7***
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会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい…。 ただそれだけ。 それだけなのに! なんで…こんなにも苦しいの……。 こんなにも…願いは届かないの…………。 なんで……。 また夢を見た。 愛しい人に会いに行く夢。 少女は天(そら)に浮かんでいた。 星のまたたく…美しい夜の天。 群青色のベールは、月の光に淡く揺れる。 少女の美しい翼が夜空に広がり、少女は辺りを見回す。 捜しものがある。 見つかるかどうかも分からない…不安の色が少女の面(おもて)には見て取れる。 「紅真…」 ……どこ? 少女のか細い声が震え…夜の闇の中へと吸い込まれて消えていく。 少女の名は紫苑。 銀の髪が揺れる。藤色の透明な瞳が震える。 ―――不安に。 あなたが美しいといってくれた翼。 広げてみても…あなたはどこにもいない。 何も語りかけてはくれない。 あなたを捜して辺りを見ても…どこへ行っても。 あなたの姿はどこにも見えない。 不安に押し潰されてしまいそう。 恐くて仕方がない。 ―――もう…あなたに会えないかもしれないと……。 否定して欲しいの。 他の誰でもない。 あなたに。 あなたでなければ意味がないから。 地上には美しい光を放つ巨大な建物群。 所狭しと立ち並ぶその一つに、あの日、あの時見た夢の中で…あなたを見つけることが出来た。 けれど今ではそれがどの建物であったのかもわからない。 どれも同じに見える。 あなたがどこにいるのかが分からない。 このまま落ちて…いっそこのまま落ちてしまえば。 私はもうこの夢を見なくなるのだろうか。 落ちる私を…あなたは見つけてくれるだろうか。 ―――最後に。 あの日。 あの時。 夢の中で会えたあなたは…私のことなど覚えていなくて。 「……紅…真?」 ああ…これはやっぱり夢なんだ。 だって、今あなたが目の前にいる。 「なんで…泣いてるの?」 紅真の瞳からは涙が一滴流れ…彼の頬を伝う。 赤い瞳を見開いて、真っ直ぐに私を見ている。 ああ、もうそれだけでいい。 もうそれだけでいいよ。 あなたに会えた。 あなたが私を見てくれた。 見つけてくれた。 もうそれだけでいい。 消えていく。 彼の姿…消えていく。 ……消えているのは…私? 紫苑の姿がゆっくりと夜の闇の中へと消えていく。 いや、それはむしろ透き通り、掠れて行くかのよう。 霧のようにおぼろげなものになり、もうその姿はそこにない。 「シ…オン……」 紅真の口から洩れたそれは、いったい何を意味するものなのか。 まだ…彼には分からない。 (なんで…泣いてたんだよ) 消えゆく瞬間。 少女は確かに泣いていた。 たった一粒の涙が、少女の白い頬を濡らす。 (なんで…微笑ってたんだよ…!) 少女は確かに微笑んでいた。 涙を流して微笑んでいた。 嬉しそうに…満足そうに微笑んでいた。 (なんで……) わけの分からない思い。 それがなんであるのかは、もうきっと理解している。 月色に光る翼。 流れる銀の髪。 揺れる藤色の瞳。 狂うおしいほどに愛しいそれら。 求めているのだ。 自分は愛しているのだ。 けれどまだ全てではない。 全て。自分の心の奥底に眠る全て。 深い深い湖の底で、それらは未だ沈殿したまま浮かんでこようとはしない。 気泡が浮かび上がり、けれどそれは弾けて消える。 憶えていることはほんの僅か。 それでも。 心が切り裂かれるほどに狂おしい想い。 愛しさ。 欲。 溢れ出しそうだった。 いっそ、このまま全て溢れてしまえばいい。 紅真は夜空を見つめながら。 今はもうその姿を消してしまった愛しいその姿を思い浮かべながら。 つい先ほどまで確かにそこに光を内包していた、今はもう何もない空を睨みつけながら。 きつく歯を食いしばった。 手を握り締めた。 (なんで…泣いてんだよ!) そうではない。 涙を流させたかったわけではない。 微笑んでいて欲しかった。 やわらかな笑顔で。 決して悲しませたかったわけではない。 少年は、きつく拳を握り締めていた。 歯を、食い縛っていた。 宙を見つめていた……。 |
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