月の精霊 星の王
***ACT-10***
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あなたをここへ呼び寄せた理由を、あなたは解しているのですしょうか? 「ええ…もちろん」 では、その通りにしていただきたい。 「……それは出来ません」 なぜ? 太陽の女王よ――。 そこは薄暗い部屋だった。 四方は美しい白の滑らかな石によって建てられたそこは、無意味なほどに高い天井を持っている。 高い位置にある装飾性の高い天窓から指し込む日の光はやはり白く。建物の白と相成って、青白い光を放つ。 荘厳なる間。 その部屋は広いホール状になっており、その中心に一人の少女が立っている。茶色い髪に翡翠色の瞳の少女は、真っ直ぐと強い眼差しで、どこであろう僅かにその顔を上方へ上げて見つめていた。 まるで睨みつけるように強い。強い眼差し。 「それは私の友人なのです。神よ。そしてあなたは私の何者でもない」 王の上に神があり、私はその神である。 「あなたの姿を私は知らず、私はあなたを敬わない」 思いは意味を成さない。意味あるものは秩序。あなたは私の下にある。 「ならばその秩序を切り捨てましょう」 最後に響いたそれは太陽の女王の声ではなかった。 反響する力強い声は少年のもの。 壱与はその声にはっとして振り返る。 消えていたはずの入口が開かれていた。 「私はあなたを切り捨てましょう。私と、私の愛するすべてのために」 ……星の王。 「紅真くん……」 「お久しぶりでございます。神よ」 星の王と呼ばれた者。 紅真は、真っ直ぐな真紅の瞳を、先ほどまで壱与が向けていたのと同じどことも知れぬ空(くう)へと向けて云った。 まるで挑むようなその瞳は、焔色のそれに相応しくも見える。 彼に神は云った。 約を破りしあなたは、もはや星の王ではなく。もはやこの世界の者でもない。 「神よ。約を破ったのは私です。どうか…」 次に響いたのは少女の声だった。 けれど壱与の物とは違う。それは澄んだ鈴色の声だった。 白銀の神に藤色の瞳。透き通るような白い肌は、青い壁の光にあてられ、まるで誰も足を踏み入れてはおらぬ雪原のようだった。 人形の様に、熱を感じることのが出来ない硬質なものにも見える。 月の精霊よ。なぜこの場にいるのか。身分の卑しいあなたは、この場へは近寄ることも出来ない。 「……」 「身分は正当だ。彼女は月の王の子。前太陽の王の孫」 「紅真…?」 「紫苑。これは誰もが知っていることなんだ」 死者に身分を?無意味。 「生きている」 それは本来あってはならぬ事象。消去されるべきである。 「ならばなぜここにいる。神のあなたが消されるべきというその存在が。あなたは絶対なのだろう?」 …………。 「私はあなたの姿を知っている」 ! 「紅真くん?!神の…神の姿を知っているの?!」 紅真の台詞に、それまで黙って様子を見ていた壱与が声を荒げた。 身を乗り出し、その言葉の続きを態度でせがむ。 紅真は神の驚愕の念を含む沈黙も、壱与の焦りをも含む問いただしにも表情一つ変えることなく。ただ自分の隣りで不安そうに自分を見つめる藤色の瞳に笑いかけた。 大丈夫だと伝える。安心させるように。 普段は表情一つ変えない強い少女が、ここ最近はひどく不安そうな瞳をしている。 そのことに、紅真は僅かに胸を痛めた。 いつだって、強くあらねばならない場所に居た少女の仮面がはがれていく。 「神の姿はプログラムの統制塔だ」 「プログラムの?」 紅真の台詞に、壱与は訳が分からず顔を顰めた。 「オレは地球に降りた。記憶は忘れていたが、やるべきことを自分でプログラムしておいた。神は地球で作られたゲームのプログラムを管理している存在だ」 「ゲーム……」 「ある地球の人間が地球が存在しているのとは異なる次元を発見した。そしてそれまで自分が考えていたゲームの実験をしてみることにしたんだ。…もっとも、そいつはもうすでにこの世にいない。この時間においては間違いなく存在していない。もう死んでしまったから」 「それじゃあ…私達もゲームのプログラムの一つなの?」 「……少し違う。地球のその人物がこの次元を発見した時、この世界には人間とは比べるべくもないほど原始的な「生物の元」のような存在が生まれたばかりだった。そこにプログラムが打ち込まれたんだ。 神はプログラムがきちんと働くように置かれた。つまり、プログラムがより円滑かつ、忠実に進んでいくために、予想外に起きた事象を消去、修正し、生物の進化とそれらの作り上げる歴史をプログラム通りに進ませるための……プログラムの一つ」 「操られていた?」 「この次元その物が」 バグ。そなたらすべてバグ。すべての王を消し、新しく王を作る。 「すべての王…?」 神の言葉に顔を顰めたのは紫苑だった。 「……月の王は、あなたのお父様である蒼志殿は…死んだの。紫苑くん、彼は最後にこう云ったわ。王の寿命は初めから決められている。神の気まぐれによって」 「正確に云うとそれは気まぐれじゃない。ゲームの中で、何か必要な劇的な話の方向転換が起こるように、それは初めからプログラムされていたことだ。神はそのプログラムを現実にする為に忠実に動いているだけだ」 壱与が答え、紅真がそれに付け足すように語る。 紫苑は黙って俯いていた。 固く拳を握るその表情は見えない。 しばらくの沈黙の後に、紫苑は口を開いた。 その声は、身体は…僅かに震えていた。 「本当の父上でなくとも、月の王は俺にとって父だった。もし、もしこの今に…紅真や壱与が…俺の愛する者がいなかったら。きっと、俺はただ死を待つことにしたんだと思う。彼は、俺が自ら死ぬことを…命を終わらせてしまうことを、望んではいなかったから」 生きて欲しい。 そう願われても、生きる目的もなく。 気力もなく。 何をしていいかも分からずに。 ただその時間が終わるのを待っていた。 「紫苑くん……」 「壱与。ありがとう。父上の…最後を教えてくれて」 顔を上げた紫苑の表情は微笑。 綺麗なその表情に、それまで張り詰めたように顔を顰めていた壱与の表情も和らいだ。 「紅真」 紫苑が紅真に顔を向ける。 それはもう不安に彩られた物ではない。哀しみに泣いてもいない。憤りでもなく。強い、真っ直ぐな瞳だった。 そしてその瞳と同じ、凛とした声音で云った。 「何をする気だ?」 プログラムから外れるために。 紅真は不敵に微笑んだ。 |
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