桜…宵醒
空が朱く染まりて宵
朝を迎えたとしても、陽光を体感できなければそれと判別するのは難しい。定められ、区切られた時間軸の中でのみ動くのであれば、それは有効ではあるが、有機的なもののサイクルは、けっきょくのところ、大きく巨大な別の何ものかによって影響を受けずにはいられない。 雨が打ち、風が凪ぐ。空を見上げても光が射していなければ、きっと昼にも気づかないのに、どうすればそれが夜になるのだと気づけるのか。どうすれば、深く心地良い眠りから目覚めることができるというのだろうか。 心地良ければよいほどに、その目覚めは難しい。眠る本人の意識はより強い本能へと惹かれて落ちていくのだから。 より強い本能へと、引かれていくのだから。 「おい、こんな大量の死体、どうすんだよ」 「しかたねぇだろ、埋葬しねぇといけねぇのは事実なんだ」 「それにしたってこいつは…」 「どっちにしたって仕事だ。しかも災害で亡くなった人間の埋葬だからな。合法的だよ」 「仕事をして飯が食えるようになるんだ。むしろ幸運なんだ」 「そうそう、仕事の選り好みなんかしてらんねぇよ」 「まさか小さなガキにやらせる仕事でもねぇしな」 波の打ち上げる波頭に立って、数十人にもなるだろう男たちの中、数人ずつの集団にわかれて似たり寄ったりのささやきが交わされる。男たちは皆一様に同じ目的をもってここに集まっていた。つまり、求人広告を見てだ。 大災害が起こって数年が経つも、まだまだ人々の生活は苦しい。消費に対する生産がまったく追いつかないのが実状であった。やらねばならぬことは数あれど、それをやらせるにたる報酬を与えられるものの数も少ない。そんな中で、仕事もなく日々の糧を新政府からの配布に頼るしかない彼らは突然出された大量の雇用に一も二もなく飛びついた。報酬は十分、しかも新政府の保証というお墨付きだ。 内容はきわめて簡単。精神的にはそうでもないが、労働としては簡単なものだ。 災害で亡くなった人々の遺体は、災害直後にできた仮政府によって冷凍処理が施されていた。表向きには埋葬が間に合わないこととそもそもそうできるだけの土地がないこと。放って置けば疫病の原因になることなどが上げられたが、その実、災害を乗り切ってなお財力と権力…つまるところ政治的な部分に圧力を加えることのできる何ものかの指示によってという噂も影で囁かれていた。確証など何もない、ゴシップ記事を楽しむような噂にしかなり得なかったが。 まだ原型を十分にとどめた遺体を白い袋に一体ずつ収めて海の底へと送る。要約したところ、それが男たちに与えられた仕事の内容であった。 「しかし、いったい誰がこんなに雇えるっていうんだ?」 「ほら、災害後からずっと全市場を独占してる奴がいるとかいうじゃねぇか。そいつだろ」 「全市場を…ねぇ。いったいどんな老獪な奴なんだ?」 「さあ?」 「…って、おい。あんなところにガキがまぎれ込んでるぞ」 「ん?お、まったく、どこから迷い込んだんだ〜?」 「お〜い、ボウズ!どうしたんだ?」 男たちが声を掛けると、少年が顔をそちらへ向けた。紅玉というよりは、柘榴石やスペサルティンなどのもっと鮮やかでオレンジに近い苛烈な赤い瞳が印象的だ。 「てめぇらの雇い主だよ。無駄口叩いてねぇでさっさと体動かせ」 少年は手を振り自分たちを主張する男たちを一瞥してから、傲慢な台詞を傲慢な態度と声に乗せて吐くと、そのまま去っていった。 リアクションをすることもできなかった男たちがようやく次の行動に出ることができたのは、それからぴったり十秒後。 少年の姿が遥か彼方に点として写るほどになってからだった。 「それ、何?サファイア?すっごいきれい」 いつもの寂びれた店でだった。出入り口に取り付けられた鐘が軽やかな音を鳴らしていつもの通り、翡翠の瞳の少女が足を踏み入れてくる。そしてこれもいつもの通りに、この店にいるただ一人の少年に話しかけるのだった。 「…アウイン」 「アウイン?聞いたことないけど…でも、それって宝石だよね」 「一応な…」 「ふ〜ん…」 興味もなさそうに壱与はその宝石から視線を外し、今度は紅真の前に置かれているグラスに視線を向ける。そこには彼の瞳を薄めたかのような色合いの液体が注がれていた。香りはきつくないようだった。 「ところで、それワイン?紅真くんが檸檬水以外を飲んでるなんて珍しいじゃない。未成年の飲酒は禁じられてるんだよ〜」 からかうような声と笑顔で紅真の顔をひょいと覗き込む壱与に一瞥を投げ掛けると、ワインの注がれたグラスを壱与の前へと押し出す。 「飲みたきゃ飲め」 「飲まないよ。これでもまだ公務中。お酒は好きだけどね」 「飲んでも酔うわきゃねぇよ」 「ん?そんなに度数が低いの?」 「低いっていうか…単なる水だ」 「え?」 「だから、水なんだよ。ただの」 「だって赤ワインみたいに紅いよ、これ」 「中をよく見てみろよ、石が入ってるだろ」 云われ、壱与はグラスを持ち上げた。微かに入り込む残照に透かしてみれば、グラスのそこに微かに見える小さな鉱石。 「これって?」 「紫水晶」 「知らなかった…。水に浸すとこんなに鮮やかに色づくなんて」 「……」 「で?アメジストにアウイン。宝石広げてるなんて珍しいことに変わりないんだけど」 「今の世の中じゃなんの価値もないのに、ものすごい高値がつく」 「宝石っていつの時代もそんなものだと思うけど」 「酒場の歌姫に貢ごうかと思って」 「って、黄鳥に?」 「まあな」 「思い出してもらえないからって…むなしくない?」 「……」 紅真は無言で立ち上がり、奥の部屋へと続く扉へ向けて歩き出した。不意に――壱与から見ればであったが――振り返り、何かを投げてよこす。 それは慌てて差し出した壱与の手の上に、狙い違(たが)わずきれいな放物線を描いて収まる。 銀の細い鎖で繋がれた、紅い石。 「何、これ?ルビー?ガーネット?」 「アレクサンドライト…」 「で?」 「黄鳥に渡してくれ。できれば…今やってる埋葬作業が終わる前に」 「…紅真くんは渡さないの?」 「てめぇと違って忙しいんだよ」 「……私だって暇じゃないんだけどなぁ」 壱与の苦笑と共に呟かれた言葉は、しかし扉の奥へと姿を消した彼へ届くことはなかった。 「あれ?」 「どうしたんだ?壱与さん」 いつもの店から出て、黄鳥の働く酒場「天使の眠る樹」へ向かう途中だった。陽はまだ十分に高い時間帯。急いでいけば、ステージに上がる前の彼女を捕まえることができるかもしれない。 「うん…これ、」 「?それって、たしか紅真の奴から渡されたペンダントでしょう?」 「うん…そうなんだけど、色が」 「色?」 銀の鎖を持ってぶら下げる壱与に習い、レンザはその宝石を見る。 「緑色…」 「受け取ったときは確かに紅色だったのに…」 陽の光下で、青とも緑とも云えぬ複雑な光を反射していた。 |
炎が広がる様はまるで奇跡
----+ こめんと +-----------------------------------------------------
ええっと。いろいろとごたごたしてて書けなかったんです。忘れてたわけじゃありません。閑話休題。 あ〜…アレクサンドライトって白熱光の下で紅くなるんですよね?それだとちょっとあの店の中では紅くなるのか?って疑問が残るんですが…まぁ、ご容赦下さると嬉しいな…なんて……。 ちなみに、ここの壱与さん金目のものにはとことん疎いです。植物とか女性的なものにも疎いです。 ご意見ご感想ありましたらぜひお寄せ下さいです---2004/08/03-(c)ゆうひ |
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