一番星
遠くから眺め、ただ憧れていた。 |
それは決して手に入らないものだ。彼は思い、胸中で嘲笑した。 遠くから眺めて憧れていた。なろうと思ってなれるものではないそれが、この世には確かに存在してた。 すなわち『紫苑』には、彼がどんなに望んでも得られぬものが、最初から備わっていて。そのために、彼は悔しさに胸を焦がす羽目になるのだ。 目の前に行けば、その刃を手にすれば、きっとその瞳に写る。そう思っていた。 けれどそれは儚いばかりの幻だった。 彼の視界にこの姿が映っても、彼の瞳にこの姿は映されない。 取るに足りない存在。 それがこの自分。 けれどそれも当然だ。 彼は生まれながらの王族で。神話の時代から続く血脈をもつ身で。夜空を支配する月を背負う。 彼の惹かれたその娘は幼い頃から貴き位(くらい)へ立ち。普(あまね)し世界を照らす太陽を掲げるもの。 そんな二人の無視できぬその男は、彼らが滅しようと挑む『修羅』の名を冠する。 その目に写らぬのも当然だ。 こんなちっぽけな小石。天上に座す彼らの目には写らなくても当然だ。 山の中に佇む小石。それが思いがけず修羅に転がり込んで、赤い炎に打たれてちょこっと熱を持っただけ。 光もしない。鋭く尖ってもいない。丸い石ころ。 嫌だ。 そんなのは嫌だ。 ではどうすればいいのか。どうすれば彼をこの身に惹きつけることが出来るのか。 強く惹かれ、恋焦がれるこの胸は、その報われぬあまりの狂おしさに憎悪の炎を燃やす。 いっそ、その炎で焼き尽くされてしまえ。 山一つ焼き尽くすほどの劫火の中にあっても焼き尽くせなかったこの身だ。きっと、その炎は太陽の輝きにも、夜の圧倒的な暗闇にも、修羅に蔓延する業火にあってさえ、眩(まばゆ)いばかりの光を発することだろう。 そう。それは、すべてを拒絶した彼でさえ、無視が出来ぬほどに。夜空にあって、月さえ翳(かす)ませるほどに。 そうだ。一番星になるのだ。 何よりも。どの星よりも早く、強く、鮮やかに。天上で輝く一番星に。 誰にも何にも勝り、誰にも何にも、決して無視の出来ない、強力で強大な輝きを放つ星に。 禍々しく、嘲笑うかのような赤星に。 そうだ。この身の炎を鎮めるためにも、私はそうならなければならないのだ。 |
|