知らぬ 顔、啼いていた。 

白刃に惹かれるあなたの魂。それは、遠い前世の記憶。あなたの本質。



 刀など見たこともないはずのその姫宮は、煌めくその刃に触れ、何を思ったのか。辛く、切なく眉間を寄せた。
 決しての手の届かない高嶺の花。
 ただ遠くから眺めるだけの恋。いづれ、それさえ叶わなくなる恋。

 刃なんて持ち込むことなど許されるはずもない。別に意図して持ち込んだわけではなく、これはあくまでも事故だ。偶然の産物だ。
 でもまあ、それは言い訳にもならないのは分かっているし、寝殿に近づいたことそれ自体、事故だろうがなんだろうが大罪なわけだから。まあ、仕方がないことだ。
 彼は取り押さえられながら、抵抗もせずにそう思う。

 ただ気になったのは。
 白刃を見て泣いた美しい人の、その姿を見た瞬間に感じた我が身の鼓動。その叫び。
 遠くから眺めるだけの恋。
 御簾の奥に佇む影に、思いを馳せるだけの恋。
 知らないはずのその姿を、知っていると感じたその困惑。
 そして取り押さえられた自分の姿を悲しげに見やるその表情を見て。

 あなたのそんな顔は知らないと、叫ぶ私が胸裏にいた。

 そんな顔は嫌だ。そんな、苦しげな表情は嫌だ。
 これから自分に科せられる運命を愁うよりも、恐れるよりも、何よりも。そんな馬鹿げた、図々しいことを思う自分に、心の冷静などこかが呆れていた。
 それでも思うのだ。
 貴女には微笑っていて欲しいと。
 優しさと、愛と、安らぎと。幸福という名のすべてに包まれて、心穏やかに微笑っていてほしいと。
 それを思った途端に驚愕した。
 この胸の内には、それと同時に願うあなたへの姿が在ったのだ。

 思い鉄の塊。灼熱で鍛えられ、芯まで研ぎ澄まされた冷えた牙。
 それを、まるで舞う粉雪のように軽やかに。揮い。
 煌めく軌跡を残す。
 そして、鮮やかな鮮血の華を。
 その白磁の肌に落とし、それでも尚、純白な心のまま、憂い、祈り、微笑ってほしい。
 研ぎ澄まされた、刃のようなその瞳を見せて欲しい。

 あなたのそんな顔はいらないと、私の心が啼き叫ぶ。
 きっと、そんな顔をさせたいわけではないから。
 貴女も私も、きっと、互いに伝えたい言葉があることに困惑している。そしてその言葉が何であるのかが分からずに、唇を硬く引き結んでる。
 会ったこともないのに。
 会ったことなどないはずなのに。
 はじめから、何も知らないはずなのに。

 啼く私のこの心は、あなたの何を知らぬと、五月蝿くも叫び続けていたのだろうか。







知らぬ顔、啼いていた。