+ 幻想リフレイン +






 一目会った、その瞬間。
 その容姿や瞳の輝き、その身に纏う雰囲気、すべて引っくるめて。
 綺麗な人だと、思った。


 3.Innocence Purple


 ストライクガンダム、発見。
 その第一報に、アークエンジェルのクルー、ことにサイやトールたちは、喜びに沸き返った。
 しかしその直後、再び顔を曇らせることになる。
「……パイロットがいない? どういうことだ?」
 ナタルの問いに、ノイマンが困惑した表情で口を開いた。
「聞いた話では、ストライクだけが漂流していて、パイロットの姿がなかったそうです。ハッチが開いていたそうなので、自力で外に出たか、それとも偶然放り出されたか……現在、付近を捜索中とのことですが」
「そう……」
 マリューは目を伏せて、ため息をついた。
 ――あの時の判断が、間違っていたとは思わない。あの場所であれ以上戦闘を続けることは、コロニーとキラ、双方を危険にさらすことになるのに違いなかったから。
 だが――正しい選択が、最良の選択だったとは限らない。
 もしあの時、キラを探していれば、もしかしたら……。
 その時不意に肩を叩かれて、マリューははっと我に返った。
「……そう、自分を責めなさんな」
「フラガ大尉……」
「艦長としての君の判断は、正しかった。それを責めるなら、ボウズを援護できなかった俺も同罪だ。――まだ、可能性はある。諦めるな」
 静かで力強い声音に、沈んでいた心が引き上げられるようだった。
「……そうね。まだ、可能性はゼロじゃないわ」
 マリューは自ら、通信システムに向かった。
「艦長。どうなさるおつもりで……」
「コロニーに、連絡を取ります。――ストライクのコクピットは、並のシェルターよりも頑丈よ。その中にいたのなら、キラ君の生存の可能性は高くなるわ。爆発後にコクピットから脱出したとしたら、もしかしたらコロニー近くに流されたかもしれないでしょう?」
「しかし、コロニー側が了承しますかね……」
「人一人の命がかかってるのよ。無理でも頼み込むわ。頭を下げろというなら、いくらでも下げてみせます」
 きっぱりと言い切られた言葉には、有無を言わさぬほどの気迫がこもっていて、誰もそれ以上口を挟まなかった。
 不安げに立ち尽くすトールたちの頭を、フラガは軽く叩く。
「そう暗い顔するなよ。この分なら、ボウズだってすぐに見つかるさ。――俺たちは、いい上司に恵まれた」
「……そう、ですよね」
 少年たちの表情に、かすかに光が射した。


「……休暇、ですか?」
 突然告げられた言葉に、アスランは思わず問い返した。
「そうだ。君たちもこのところ、出撃続きで疲れが溜まっているだろう。ちょうどコロニーも近いことだ、補給部隊と共にコロニーに下りて、久しぶりに羽を伸ばすのも悪くないだろう」
「しかし……!」
 反駁しかけたアスランを片手で制し、クルーゼは唇の端を吊り上げる。
「それに、あのコロニーでは、君の婚約者が今度リサイタルを行うことになっている」
「……ラクスが?」
「いくら親同士で決めた婚約といっても、たまには会っておくに越したことはないだろう。ちょうど、今日から三日間の予定だそうだ。何なら行って来たまえ」
 黙り込んだアスランに、クルーゼは駄目押しのようにつけ加えた。
「それに、コロニーに下りようが下りまいが、君には気持ちを切り換えてもらわなければ困る。今の状態でMSに乗っても、それは危険でしかないだろう。――いくら振り返ろうとも、時間は戻りはしないぞ、アスラン・ザラ」
「…………!」
 息を詰めて、顔を伏せる。握りしめた両の拳に力がこもったが、アスランはそのまま身じろぎもしなかった。
 やがて、低く声を洩らす。
「……了解しました。――ご厚意、感謝します」
 そのまま踵を返して立ち去る彼の背中を見送り、クルーゼは軽く肩をすくめた。
 ――自室へと向かうアスランに、後ろから声が投げられた。
「よぉ、ずいぶんご機嫌斜めだな」
「……ディアッカ」
 普段からあまり反りの合わないチームメイトに、アスランは愛想も何もない視線を向ける。
「何か用か?」
「用がなきゃ、声をかけるなとでも?」
「用でもなければ、そっちから俺に声なんかかけないだろう」
 すっぱりと、清々しいほどの一刀両断。確かにその通りではあったので、ディアッカはため息をつくのみの反応に止めた。
「聞いたか? 俺たちに、休暇が出たって」
「さっき隊長から聞いた。確かにコロニーの近くで戦闘なんか、滅多なことでは起きないからな」
「例外はあるけどな?」
「……何が言いたい」
 さっきのことを蒸し返しでもするのかと、眼光をきつくするアスランに、ディアッカは珍しく消極的な表情を浮かべた。
「そう突っかかんなよ。――俺だって、さっきのアレは後味悪いんだ」
 意外な言葉に、アスランは軽く瞠目する。ディアッカは居心地悪げに頭を掻いて、窓の外を見やった。
「……あのストライクのパイロット、ありゃ一体何なんだ? 戦場で敵を庇って自分は被弾なんて、聞いたことねえぞ?」
「……俺の、幼年学校時代の親友だ」
「へえ。あんたにもいたんだ。親友なんてのが」
 馴れ合いを嫌う、孤高なイメージのあるアスランに、そんな相手がいたとは初耳だった。茶化すようなディアッカの言葉に、しかしアスランは目をすがめただけで沈黙する。
 ディアッカは肩をすくめて、窓の外に視線を戻した。
「それで? その親友が、何だって地球軍の味方なんてしてたわけ?」
「あいつは……利用されてるんだ」
「利用、ね。――それで? おトモダチだったから、アルテミスの時にも突っ走って単独行動か。けどさ、あの時点で分かりそうなもんなんじゃないの? あっちは、あくまでも俺たちと敵対してたぜ?」
「……友達が、あの新造艦に乗っていると言っていた。あいつは、それを見捨てられるような奴じゃない。だから……」
「あのさ、いい加減に現実見れば? あっちは敵陣にいて、しかも今はMSごと消息不明だぜ? 旧友に夢見んのは勝手だけどさ――」
 ディアッカの言葉は、アスランに胸倉を掴まれたことによって途切れた。苦情を申し立てようとして、ディアッカは口を開いたまま沈黙する。
 自分をにらみつけるアスランの双眸から、透明な雫が一筋滑り落ちた。
「……何が、分かる」
 絞り出すような声が、まるで泣き出すのを堪えているかのようで。
「俺は、大切な者を二度も失う気はない――!」
 ディアッカを突き放し、アスランは身を翻した。後には、たった一つ漂う、きらめく雫。
 襟元を直しながら、ディアッカはひとりごちた。
「……だから、後味悪いっつってんだろうが」


 目を覚ますと、もう外は薄暗かった。
 キラはできるだけ筋肉に負担をかけないよう、ゆっくりと上体を起こした。あちこち包帯だらけの自分の身体に、ため息をつく。足をさほど傷めていなかったのが、せめてもの幸いだろう。
 ふとさまよわせた視線の先に、やたらとライトアップされた、あの公園が飛び込んできた。
 慌ただしく動き回る人影を認めて、好奇心が刺激される。
「あれは……」
 窓際に近づき、窓枠に手をついて身を乗り出し……。
「――うわ!」
 落ちかけた。
 主に上半身に集中した怪我で、両腕もひどくダメージを受けていたのを失念していたのだ。体重をかけたとたんに激痛が走り、涙目になりながら何とか窓の内側にへたり込む。
「……痛っ……」
 じわじわと引かない痛みに、自分がここにいる理由が思い出されて。
 ――あの時、どうやってコクピットから抜け出したのか、実のところまったくと言っていいほど覚えていない。ただ爆発の衝撃で、恐ろしいほどの勢いで弾き飛ばされ、その時点で意識は飛んでいた。身体中の怪我は、その時のGによるものだろう。重力というのは見えないくせに、人体にかける負荷だけは半端ではない。
(……トリィ部屋に置いて来といてよかった)
 今さらながらにそう思い、キラはほっと息をつく。トリィのような精密なロボットがあんなGを食らえば、中の機器がどうなるか想像するだに恐ろしい。そんなことになれば、直せる自信はなかった。
(……アスランなら、直せるんだろうけど)
 そう思って、急に切なくなる。
 彼からトリィを譲り受けたあの日は、鮮烈な桜色の嵐の中。
 あの時点ですでに、こんな未来が待ち受けていたなんて、あの時どうして想像できたろう。
 ――もしもあの時、自分もプラントに行っていたなら――。
 ――もしもあの時、アスランが月に残っていたなら――。
 過ぎ去った記憶に、仮定なんて意味はないけれど。それでもつい、思い描いてしまうのだ。
 自分が彼の隣にいる『現在(いま)』を。
 絶対に実現しないからこそ、渇望してしまう架空の時。
(……でも、もう無理だよね)
 自分でも、助かったのが奇跡だと思えるほどなのだ。あの場にいた者ならばおそらく、生存は絶望と見るだろう。
 ――それとも、まだ信じてくれているのだろうか。
 自分が生きていることを――。
 うなだれたキラの耳に、その時、柔らかな歌声が聞こえてきた。聞き覚えのあるその声に、キラは顔を跳ね上げる。
(――この歌……!)
 もう一度窓枠に張りつき、耳を澄ます。
 初めて出会った時に、ドア越しに聞いた歌。
 聞く者を包み込み癒すかのような、優しい声――。
 目を凝らしたキラの視界に映ったのは、ステージ上でライトの光を浴びて立っている桃色の髪の少女――紛れもなく、ラクスの姿だった。


 足が、勝手に動いていた。


 昼間とはがらりと雰囲気の変わった公園の中は、どこか慌ただしい雰囲気が漂っていた。スタッフらしい人々が忙しく立ち回る様を、夕暮れ時の散歩と洒落込む人々が面白そうに見つめている。
 そして、ライトアップされたステージの上では、音合わせでもしているのか、ラクスが数小節歌っては止めるということを繰り返していた。
 コーディネイターの間では知らぬ者のない歌姫の姿に、ステージの周囲には人垣ができている。キラはその喧騒から少し離れて、ステージを見やった。
 ここへ来て、どうしようというつもりもなかった。ただ、自分でも考えもしないままに、ここへ来ていた。
 それはきっと、彼女の歌が優しかったから。
 こんな自分でも、癒してくれるような気がしたから。
 やがて、OKが出たのか、スタッフたちがステージを下り始める。ラクスも休憩を取るためだろう、ステージの袖へと消えた。
 見物人たちが、ばらばらと散り始める。キラも、その中に混じってその場を立ち去ろうとした。
 その時である。
「キラ様」
 声と共に、袖を引かれた。
 驚いて振り返るとそこには、スタッフ用のジャンパーを着てフードまでかぶったラクス・クラインその人が、にこにこしながら立っている。
「な、何で……!」
「お静かに。周りの方にびっくりされてしまいますわ」
 確かに、彼女の姿が見つかろうものなら、大騒ぎになるのは想像に難くない。
 ステージの陰に移動して、ラクスはフードを取ると改めてキラに微笑みかけた。
「ステージの上から、キラ様のお顔が見えてましたの。キラ様もこのコロニーにいらしたなんて、存じませんでしたわ。他の方々も、このコロニーに?」
「……いえ、僕一人です。――多分みんな、僕がここにいることも知りません。僕は……爆発に巻き込まれて、気がついたらこのコロニーに収容されてたんです」
「まあ……それで、お怪我なさってますのね」
 袖口から覗く包帯に、ラクスの眉が痛ましげに寄せられる。
「それより……君こそどうして、このコロニーに?」
「私、この公園で今日から三日間、リサイタルを開くことになっていますの。このコロニーには、コーディネイターの方が多くいらっしゃいますから」
 そう言って、ラクスは何か思いついたように顔を輝かせた。
「そうですわ! キラ様も、よろしければいらしてくださいません?」
「え? でも、僕……」
「今日の部はもう終わってしまいましたけど、まだ二日もありますもの。明日にでも、ぜひ」
 瞳を輝かせて語る彼女に、返す言葉が見つからず、キラは視線をさまよわせる。
「あ、でも僕は、今入院中で……許可がないと……」
 無断で外出している身で言う台詞ではないが、彼女は気にも留めずあっさりと言う。
「大丈夫ですわ。昼間にも、この公園で散歩してらした患者さんは、たくさんいらっしゃいましたもの」
 とうとうキラは、降参せざるを得なくなった。
「……分かりました。でも、僕なんかが行ってもいいのかな」
「もちろんですわ! 出入りは自由ですし、それに、せっかくお会いできたんですもの。ぜひ、キラ様にも聞いていただきたくて」
 嬉しそうに微笑む彼女に、キラもつられて微笑んだ。
「じゃあ、お待ちしてますわね。お怪我の方、お大事に」
 そう言ってラクスがステージに戻ると、キラも病院に戻るため歩き始めた。
 ――沈んでいた心が、少し晴れた気がした。


 コロニーの港は、定期連絡船の乗降も終わり、今は心なしか閑散としている。
 ザフト船籍の小型艇が入港したのは、そんな時だった。ヴェザリウスの入港は認められなかったが、補給目的の小型艇ならと、何とか許可が下りたのだ。
 アスランたちも、それに便乗して、コロニーに下り立った。
「……で? 愛しの婚約者には、連絡してるのか?」
 からかうように言ってくるディアッカを、アスランは横目でにらむ。
「……乗艦前に連絡したが、準備中とかで捕まらなかった。――それより、どういう風の吹き回しだ? 二人揃って、わざわざ俺と同行なんて」
「ザフトの歌姫のリサイタルを生で聞ける機会なんて、そうそうないだろ。邪魔する気はないから、そうにらむなって。なあ、イザーク?」
 どこか底意のありそうな笑みを浮かべ、ディアッカはイザークに振る。アスランにしてみれば、ディアッカよりもむしろイザークが自分と同行したことに驚いているのだが、もしかして彼もラクスの隠れファンだったりするのだろうか。
 一旦頭に浮かんだ考えを、即座に横へ押しやって、アスランはため息をついた。
「……まあ、俺は別に構わないが」
「補給物資調達の間は、僕たちは自由行動で構わないんでしたよね?」
 あちこちの店に視線を移しながら、ニコルが確認するように言う。
「ああ。出発は五〇時間後だそうだ」
「だったら、さっさと行こうぜ」
 オートタクシーを捕まえに行くディアッカに続き、三人は港を出た。
「ラクスさん、どこでリサイタルを開いてるんですか?」
「どこかの病院近くの公園だそうだ。患者たちへのレクリエーションの意味合いも兼ねてるんだろう」
 そう言って、アスランはふと空――実際は、夜の映像を投影したスクリーンに過ぎないのだが――を見上げた。
 ――キラ。
 君は今、どこにいる?
 奇しくも今、アークエンジェルのクルーたちと思いを同じくしているのは、信じたいから。
 ほんのわずかな可能性でも。
 彼が、どこかで生きていることを。
 ……それでも、あの光景が、その願いを容赦なく打ち消してやまない。
 ニコルに呼ばれて我に返るまで、アスランはそこに立ち尽くしていた。


 公園は、ライトアップのおかげですぐに分かった。
 中に入ると、ステージの上でスタッフらしい人々が、機材を片付けているのが目に入った。
「あーあ、もう終わっちまってんじゃねーか」
 ディアッカが天を仰ぎ、ニコルが取り成すように言う。
「でも、予定は明後日までですから。また明日、来ればいいですよ」
「なら、さっさとどこかのホテルでも取って休むぞ」
 即座に踵を返しかけたイザークだったが、スタッフの一人が彼らを見つけて近寄って来た。
「もしかして、アスラン・ザラさんじゃないですか?」
「……そうだが」
「ああ、ちょうど良かった! 彼女今、明日の音合わせも終えて休憩中なんですよ。よろしかったら、お会いになったら」
 アスランたちの婚約は周知の事実なものだから、どうやら気を利かせたつもりらしい。ニコルとディアッカも、にやにやしながらせっつく。
「そうですよ、アスラン。せっかくですし」
「まさかこのまま回れ右して、帰るとは言わないよなぁ?」
 と、普段の確執が嘘のような連係プレー。
 ……おまえらもしかしなくても、面白がってるだろう。
 そんな突っ込みを水際でせき止めて、アスランはうなずいた。
「……そうさせてもらう」
 スタッフに案内されて、控え室用に設置されたブースのドアを開けると、中から出迎えに飛び出してきたのは、珍妙な言葉遣いのピンクの球体だった。生みの親のことを覚えているのかいないのか、ぺらぺらと喋り立てるハロを後ろのニコルにパスして、アスランは中に入る。
「まあ、アスラン様。こちらにいらしてたんですの?」
 ふわりと笑うラクスに、アスランの表情も和む。
「ああ、クルーゼ隊長から休暇をもらってね。――君こそ、ここでリサイタルを開いてるとは知らなかった」
「あら、お父様にはお伝えしてるはずですけれど……」
「大方、会う時間なんか作れないからと気を回したんだろう。実際、こんな突然の休暇が出るなんて、思ってもいなかったからね」
 小首をかしげたラクスにそう言うと、アスランはふと後ろを振り返った。
「――ところで、三人とも。ドアの外で聞き耳立ててるくらいなら、中に入ればどうだ?」
「……ばれてました?」
 悪びれもせず頭を掻きながら、ニコルが入って来る。その後ろから、ディアッカとイザークも顔を覗かせた。
「まあ、皆さんお揃いで」
 にっこり笑うラクスに、
「……あれは天然か?」
「彼女に、笑顔で皮肉なんて真似ができると思うか?」
 ひそひそと会話を交わすザフト組。
「でも偶然ってあるものですわね。ついさっきも、思いもしない方にお会いしましたわ」
「思いもしない方?」
「ええ。まさかキラ様もこのコロニーにいらしてたなんて、驚きました」


「――――え?」


 時間が止まった。


「……アスラン様?」
 凍りついたアスランに、ラクスは小首をかしげて彼の顔を覗き込む。そんな彼女を凝視して、アスランは半ば無意識に声を洩らした。
「ラクス……それって……」
「本当ですわよ。だって私、ちゃんとお話までしましたもの」
「でも……キラはあの時……」
 忘れられるはずがない。あの時、自分を庇って閃光の中に消えた姿を。
 聞こえなかった、最後の言葉。
 知る術(すべ)は永遠にないと、思い込んでいたのに。
「あいつはあの時、俺を庇って……ミサイルの爆発に巻き込まれて――」
「……だから、あんなお怪我をなさってましたのね」
 呟いて、ラクスはアスランを見つめた。
「アスラン様。キラ様は、確かにこのコロニーにいらっしゃいます。――今はお怪我をされて、入院なさってるそうですけど……でも確かに、生きておられますわ」
「……そう、なのか……? キラは……ここにいるのか?」
「はい」
 笑みを浮かべて、ラクスははっきりとうなずいた。
「明日ここにいらしていただければ、お会いになれるかもしれませんわ。実はさっきキラ様を、明日のリサイタルにお誘いしましたの。きっと、いらしてくださいますわ」
 明日。
 その言葉が、アスランの胸に刻み込まれる。
「――すみません、そろそろホテルの方へ移動していただけますか」
 不意にスタッフがドアをノックし、移動を告げた。
「はい。すぐに支度いたしますわ」
 ラクスの声に、アスランは我に返る。慌てて、彼女に声をかけた。
「ラクス」
「はい?」
「……ありがとう」
 少し戸惑った表情のラクスだったが、アスランが今まで見たこともないほど、嬉しそうに綺麗に微笑んでいたから。
 自分も嬉しくなって、つられて微笑んだ。


 たった一晩が、これほど長く感じられたことはなかった。


 翌日も、公園は人で溢れかえっていた。いつもは隣の病院から出張して散歩を楽しむ患者くらいしかいないが、今回ばかりは話が違う。歌姫を生で一目見ようと、主にコーディネイターたちが殺到している。
 アスランも、そんな殺人的混雑の間を縫うようにして歩いていた。しかしその視線は、ラクスのいるステージから外れて、観客の方をさまよっている。
 その理由を知っているニコルは、見かねて彼の腕をつついた。
「アスラン。この人ごみじゃ、一人で捜すのは無理ですよ。僕も手伝います」
「……すまない」
 手早く捜し人の特徴を聞き出し、ニコルはアスランと分かれて人波をかき分け始めた。ディアッカとイザークとは早々にはぐれてしまい、助力は期待できない。
 だが、キラを失ったと思い込んだアスランのあの落ち込みよう、そして彼の生存を知った時のあの微笑み。それを見ていたら、何とか二人を会わせてやりたいと思ったのだ。
 しかし人ごみというのは想像以上の難敵だった。もともと小柄なニコルは、あっさりと人の波に呑み込まれ、あれよあれよという間に、人垣のかなり外の方まで押しやられてしまった。もう人捜しどころか、自分がどの辺りにいるのかすら分からない。
「参ったなあ……」
 とりあえずこの圧迫感から逃れようと、ニコルは人の間をすり抜け外に出た。一息ついて、再チャレンジしようとした時。
 その人影が、目に留まった。
 入院患者なのか、病院服の上に、借り物らしいサイズの大きなウィンドブレーカーを羽織った、線の細い印象の少年。茶色のさらさらした髪や、紫暗の瞳は、捜し人の特徴と一致していて。
 何より、容姿もさることながらその身に纏う雰囲気が、透明で綺麗で。
 知らず、目が惹きつけられる。
 理屈より先に、この少年が捜し人だと直感した。
「……あの……」
 突然声をかけられ、彼は戸惑ったようにニコルを見る。
「はい?」
「あなた、キラ・ヤマトさんじゃないですか?」
「そうですけど……?」
 眼差しに警戒の色合いを加えて、彼はそれでも律儀に答えた。多分頭の中では、以前会った相手かどうか、猛スピードで記憶を反芻していることだろう。
「僕はニコル・アマルフィ。――アスラン・ザラと同じ隊に所属してます」
 その言葉は、予想以上に効果的だった。
 キラは目を見開くと、次の瞬間、思いもかけない素早さで身を翻して駆け出したのだ。
「あ……ちょっと!」
 とっさのことで反応の遅れたニコルを置き去りに、キラは入院患者とは思えないスピードで走り去って行く。
 見失うかと思われたその時、ニコルはキラの行く手に、予想外の救い主の姿を見た。
「イザーク、ディアッカ! その人止めてください!」
 いきなり飛んできた声に、二人は面食らったようにこちらを見たが、さすがにザフトの現役パイロット、反応は早かった。ディアッカが、まさに傍らをすり抜けようとしていたキラに手を伸ばす。
「――――っ!」
 ……確かに。止めてくれとは言ったが。
 もう少し、配慮というものをして欲しかった。
 ディアッカの手は、キラの服の襟首を掴んで、いわゆる猫掴み状態。結果的に、キラは自分の服で首を絞められる形になった。
 盛大に咳き込むキラに、慌てて手を放す。追いついたニコルが、ディアッカを横目でにらんだ。
「……もう少し、マシな止め方ってなかったんですか? 仮にも入院患者ですよ?」
「あれが、入院患者の走りかよ」
 確かにそうだが。
 ようやく息も整ったキラは、三人を見て悟ったように肩を落とした。
「……あなたたち、ザフトの人ですね」
「そうです。でも、誤解しないでください。僕たちは今、休暇でここに来てるんです。別に、あなたを拘束しようなんて考えてるわけじゃない。――ただ、会って欲しいんです。アスランに」
 彼の名を聞いて、キラは息を詰めた。
「……アスランも、ここに……?」
「おい、そっちだけで話を進めるな」
 すっかり置き去りにされているイザークたちが、憮然とした面持ちで二人の会話に口を挟んだが、ニコルはきっぱり却下した。それよりも今は、キラを引き止めておかなければならない。
 アスランが、彼らを見つけるまで。
 そしてその努力は、さほど間を置かず報われることとなった。


「――キラ!!」


 ざわめきを押しのけ、凛と響く声。
 その声の主の、翡翠の瞳が捉えるのは、確かに再会を願い続けた親友で。


 駆け寄ったアスランは、身を引こうとするキラに構わず、今度こそ確かにその手を掴んだ。


 あの日手放してから、ずっと掴みそこねていたその手は。
 やっぱり、昔のように温かかった。


 To be Continued…






-----------------------------------------------------+ 感謝の言葉 +----

 はづき様から頂きました。幻想リフレインの続き第三回目です。いつもいつもありがとうございますvv
 なんか、もうあまりの小説の完成度に私なんかがおいそれと感動とかいって書いてもいいのかどうか迷うところですが…。素敵だったのでむしろ叫びたいというか、この素敵小説の雰囲気の中ぼけっと酔いしれていたいというか。
 ザフト組(笑)が楽しかったです。
 彼ら多感な少年達の描写が本当にお上手で。戦争中にあってもそんなものがないかのような、まるで学校でちょっとふざけあっているかのような。心和むと共に切なくもなる感じがなんとも云えないです。
 出会えた二人はこれからどうなるのでしょう??(どきどき)

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