+ 幻想リフレイン +
どんなヤツかと思ってみれば。 驚くほど『普通』なことに、今さらながらに気がついた。 4.Emotion Crimson 人垣の外で、歌姫の声に聞き入る少年五人。 その内一人は、どこか居心地悪そうな表情で。 しかしその場を動こうとはしなかった。 掴んだその手の、確かな感触に、アスランは安堵の息を洩らした。 あの瞬間、閃光の中に消えたと思った彼。 ――守れなかったと、悔やんだその彼が、今こうして目の前に存在している。 それだけで、心にかかっていた靄(もや)が晴れる。 それでも、その手にこれでもかとばかりに巻かれた包帯には、胸が痛んだ。 自分を庇った、その代償。 「――キラ」 低い声に、キラがびくりと身をすくませるのが分かった。 「……なに?」 「――いくら何でも、無茶し過ぎだ……!」 あの、心臓に冷水をかけられるような思いは、実際に味わってみないと分かるまい。 永遠に失うかと思った、恐怖。 刻まれたその感情は、もう忘れられない。 「……大事な人間を、二度も失くすところだった……」 「……ごめん」 「謝るな……それはこっちの台詞だ」 自分の言葉が支離滅裂だという自覚はあるが、心のままに吐き出す台詞はこんなもの。 「……怪我、ひどいのか?」 「そんなには……ストライクのコクピットに、助けられたみたいで」 「そうか……」 息をつくアスランと目を伏せるキラを、イザークは複雑に感情の交錯する瞳で見つめる。そしておもむろに、キラの腕を横合いから掴んだ。 痛みに顔をしかめるキラの目を覗き込み、尋ねる。 「おまえが、ストライクのパイロットか」 「……そうです」 「イザーク!?」 慌てて、アスランが割って入る。アルテミスの時の、あの荒れようを見ているだけに、イザークがいつ感情を爆発させるか、気が気ではなかった。 しかしイザークは、 「……ふん」 と一言、キラの腕を放す。これには、アスランもニコルも内心驚いた。ただ唯一、ディアッカだけは何か思い当たる節でもあるのか表情を変えない。 キラも拍子抜けしたような顔で、首をかしげたがそれ以上の言及はしなかった。しかし次の瞬間、思い切りフリーズすることになる。 「こんな奴に、俺のデュエルの右腕を持って行かれたとはな。俺も落ちたもんだ」 「…………えっ!?」 記憶がつながり、キラは恐る恐る問いかける。 「……まさか、アルテミスの時の……?」 「一応、覚えてはいるみたいだな」 「あ、あの……」 口ごもったキラは、次の瞬間慌てて頭を下げた。 「ごめんなさいっ!」 「「「…………は?」」」 思いもかけぬ反応に、アスランを除く三人は、期せずしてぽかんと呟いた。 そんな彼らに、キラは焦ったようにまくし立てる。 「あ、あの時は、何が何だか分からなくて……いきなり周り囲まれて、アスランはザフトに来いって言うし、攻撃はされるし、それで……もう、頭の中がパニックになっちゃって。それで、ランチャーを装備したらとにかく、撃っちゃってたんですけど……考えてみればあの時、僕は、あなたを殺してたかもしれないんですよね。だから……」 だんだん声に勢いがなくなり、最後はうなだれる。 「……すみませんでした。――攻撃なんかして」 「…………おい、アスラン」 呆気に取られながら、ディアッカが囁く。 「こいつ、マジで言ってんのか?」 「ああ。保証してもいいが、百パーセント本気だ」 「……天然か?」 「昔からな」 何ともリアクションのしようがなく、あのイザークですら唖然としたまま固まっている。ある意味見物ではあったが、とにかくこの沈黙は痛い。痛すぎる。 気を取り直すかのように、ニコルが口を開いた。 「でも、僕たちだって、あなたのこと攻撃しましたから。お互い様ですよ」 「だけど、僕は……」 「キラ。――僕たちは、戦争をしている。否が応でも、戦わなくちゃならない。例え、おまえの意思がどうであろうと。それが、現実なんだ」 「アスラン……」 「それに……おまえをこんなことに巻き込んでしまったのは、僕らにも責任はある。――平和な時間を、奪ってしまった」 自分は軍人ではないと、悲痛に叫んだキラ。それでも、戦わざるを得ない。 守りたいもののために。 優しさ故に戦いから逃れられない、彼。 いっそ切り捨てることができれば、どんなにか楽だろうに。 そんなことは考えもせず、ただ戦いで敵意をぶつけられ、人を殺めることに傷ついていく。 かわすこともできずに、すべてを真正面から受け止めるしか術を知らなくて。 その痛み、重さを思うと、胸が詰まった。 アスランはそっと腕を伸ばすと、キラの頭を抱え込み、その髪を撫でる。幼い頃、いつもそうしてきた。 キラが、泣きそうになった時には。 「……すまない、キラ」 囁くような、だが確かに届いたアスランの声。 通信システム越しでなく、この耳に。 そうしたら、鼻の奥がツンと痛くなって。 気づけば、涙が頬を濡らしていた。 昔のように、大声をあげて泣くのではなく、ただ静かに、涙を流し続けた。 ――離れていた時間が、変えてしまったもの。 あの頃のように無邪気ではいられず、属する立場は敵味方。自分にも彼にも、譲れないもの、守るべきものがすでに確立して。 それでも、触れた暖かさは昔のまま。 あの頃のまま。 幻想だと分かっていても、このまま浸っていたかった。 「……何だかなぁ……」 友人というより、むしろ兄弟のような二人に、ディアッカは誰にともない呟きを口に乗せる。 どこか、割り込めないような雰囲気を感じるのは、自分だけではあるまい。 ――それにしても、と思うのは、その二人の片割れ、ストライクのパイロット。 予想通りの幼さと、予想を清々しく裏切ってくれた天然っぷりに、思わずため息が出る。あのイザークを問答無用でフリーズさせた辺りは、いっそ快挙と言えるかもしれない。 ……こんなヤツまで、戦争に駆り出すのか、ナチュラルってのは。 まるで戦い方も知らない、心の準備さえ整わないままの、こんな子供を。 軍属で、前線に出る前に訓練も受け、精神的にも準備を終えた自分たちと、表向きとはいえ平穏な箱庭から突然放り出され、何も分からぬまま戦わされた少年。死線をくぐり人を殺し、やることは同じでも刻まれる傷の深さは違う。 かつて彼を庇うアスランを糾弾したが、今ならその心境が分かる気がした。 (確かに、戦争には向かねえよ、こいつは) 他人を蹴落とさなければ生き残れない場所で、他人を見捨てられない甘さは致命的だ。 平穏な場所でならば、『普通』でいられたであろう彼は、しかしもうそこには戻れない。 そしてそれは、戦争がなければ自分もいられた場所なのだろうと、今さらながらに気づいた。 すべてを狂わせたのは、あの『血のバレンタイン』。 あの一瞬の閃光が、数多(あまた)の命を奪い、そして今なお多くの者たちを死地に誘ってやまない。 自分も、その一人。 自嘲するように唇を歪めたディアッカを、イザークが一瞥し、そしてその視線はすぐに、再会を果たした親友同士へ。 「……ここは、微笑ましい場面なのか?」 「さあね?」 「何に対して嘲笑(わら)っていた?」 鋭いチームメイトに、ディアッカは精神的に白旗を掲げた。 「……時代に、か?」 「時代?」 「……なあ、俺たちって、戦争が起こらなけりゃ、今頃何してたんだろうな」 「無意味な仮定だな。通り過ぎた地点を振り返って違うルートを思い浮かべたところで、今さら戻れるわけでもない。今のこの状況が、すべてだ」 「違いねえな」 すっぱりと言い切るイザークに、思わず洩れる笑み。 このチームメイトは、いつもこうだ。清々しいほどに、迷わない。 その双眸はただ、前を見据える。 ――それでも。 あのストライクのパイロットは、その目を惹いたのだろう。 イザークの態度から、それは手に取るように分かった。 アルテミスの時の、あの激昂した態度が嘘のように、驚くほどの落ち着きぶり。 それは、ストライクと最後に交戦してから。 戦いの中で、何が彼を変えたのか、それは知る由もないが。 しかしそれは、自分も同じかもしれない。 これまでなら、『裏切り者』と吐き捨てていたかもしれない存在。しかしこうして目の当たりにした時、そんな言葉など思いつきもしなかったことに気づいた。 そこにいたのは、コーディネイターでありながら連合に与した、『裏切り者』などではなく――ただ、何かを守りたいが故に戦いに身を投じざるを得なかった、一人の少年。 傷だらけのココロを抱えた、孤独なる魂。 戦うことのできる『力』を持ちつつも、戦うことのできない『心』まで持ち合わせてしまった。 そんな少年までが戦わなければならないこの時代は、何と残酷なのだろうか。 ……もしも、戦争がなかったら。 自分たちは今、どこにいたのだろう。 ディアッカの自問に、答える者はない。 だがその時、ニコルが口を開いた。 「……歌。聞きましょう」 「ニコル?」 「だって、せっかくのラクスさんの生リサイタルですよ?」 ニコルが微笑む。 すると、キラがゆっくりと顔を上げて、涙の痕の残る顔ながらもかすかに笑ってうなずいた。 「……そうだね。それに、話してばかりじゃ誘ってくれた彼女に悪いよ」 「キラ……」 「それに……」 ステージの方を見やって、キラは呟く。 「僕は好きだよ、彼女の歌。――とても優しい」 包み込むように、染みとおるかのように。心に響く、うた。 戦火の絶えないこの時代、それは砂漠の中の水のように、儚いながらも貴重なもの。 けれど。 「……きっと、戦争がなくても……僕はこの歌を聞いていた」 例え戦争がなくても、心のどこかで、きっと自分は孤独だった。 それを癒してくれるのは、誰かの優しさ。 この歌は、優しさに満ちている。 ……ああ、そうか。 もしも、戦争がなくても。 自分たちはきっとこうして、優しい歌を聞いていた。 人垣の外で、歌姫の声に聞き入る少年五人。 その内一人は、泣きはらしたような瞳を、しかし優しげに細めて。 もう一人は、彼を支えるように。 そして、かつてないほど穏やかな表情の少年が、三人。 ただ、優しい歌を聞いていた。 アークエンジェルのブリッジで、入電を示す小さな電子音。 「……コロニーより、入電です」 「――つないで」 一縷の望みをつなぐかのように、密やかに響くマリューの声。 空気の張り詰めたブリッジの中、通信用のモニターに文字が並んだ。 「……『貴艦よりの問い合わせの件、回答いたします。コロニー内の全医療施設、及び遭難者保護施設に問い合わせの結果』――……」 文字を読み上げていた声が途切れ、最悪の事態が脳裏をよぎる。 しかし次の瞬間、カズイが顔を輝かせて振り返った。 「該当者一名、現在療養中!――見つかったって!」 ブリッジ内は一瞬静まり返り、次いで沸き返った。 「――ホントに!? ホントに、カズイ!?」 「間違いじゃねーんだろうな!?」 ミリアリアとトールが席を蹴って、カズイのところに殺到する。カズイは口を尖らせて、モニターを指差した。 「見ろよ、正真正銘、コロニーからの返事だよ! 間違いないって!」 「……ホントだ……キラ、無事だったんだ……良かった……!」 涙ぐみ始めたミリアリアの肩を、トールがそっと抱く。反対側から、ミリアリアを追って来たらしいサイが、軽く肩を叩いた。 「それぐらいにしとけよ。あんまり泣きはらした顔してると、戻って来た時キラの方が心配する」 「分かってる!」 ごしごしと袖で涙を拭って、ミリアリアは顔を上げた。 「艦長、入港はできますか?」 「正直、難しいわ。コロニーの近くで戦闘をしてしまった以上、軍艦であるアークエンジェルを、コロニー側が受け入れてくれるとは思えないし」 「何なら、俺のゼロで行くか?」 「ゼロのコクピットは、定員一名でしょう?」 あっさり返されて、フラガは肩をすくめる。もとより、雰囲気をほぐすためのもので、本気ではなかったが。 「ポッドは?」 以前デブリ帯で乗ったことを思い出し、トールが提案した。 「この艦に、他に乗り物ってあれしかなかったよな」 「そうね。ストライクは問題外だし、それ以外にはないわね」 うなずき、マリューは学生たちを見渡した。 「でも、あれも定員があったわね」 ――その一言に、彼らは顔を見合わせた。そしておもむろに、ポッドへの搭乗権を巡って話し合いが始まる。 そんな彼らを見ながら、マリューは肩の荷が下りたように、シートに身を沈めた。 「……長かったな」 「フラガ大尉」 いつの間にかシートの背もたれ越しに自分を覗き込んでいた彼に、身を起こそうとした彼女は、しかしフラガに制され動きを止める。 「いいから座っててくれよ。――長い一日だったな」 「ええ……」 キラがあの閃光の中に消えてから、約一日。しかしそれは、今までで最も長く感じた一日だった。 「彼をストライクに乗せたのは、もとはといえば私ですから……こんなことになんて、巻き込みたくはなかった」 あの時、彼をストライクのコクピットに乗せたのは、純粋に緊急避難のためだった。他に、あの爆炎を逃れられるところなどなかったから。 まさか彼が、あれだけの能力を発揮するなど、思いもせずに。 「あの子たちも、私が拘束なんてしなければ、きっとここにはいなかったんでしょうね」 「だが、そのおかげでこの艦は何とかもってる。――軍属の人間だけじゃ、ブリッジだって回せなかっただろうしな」 「だとしても……彼らを巻き込んでしまったことには違いないわ。――キラ君には特に、辛い思いをさせてしまった」 息をついて、マリューは聞こえるか聞こえないかというレベルまで声を落とした。 「……本当は、見つからない方がいいかもしれないと思ってしまった。キラ君にとっては」 「そうすれば、戦わずに済む……かい?」 「ええ……でも、決めるのはあの子」 「で、ボウズが『もうこれ以上戦いたくなんかない』って言ったら?」 「……そうさせてあげたいわ。――たとえ無理だとしてもね」 「少尉が聞いたら怒るぞ〜?」 からかうように言って、フラガは身を起こした。 「君は、艦長としては甘さがあるかもしれないな」 「……そうかも、しれません」 「だが、そんな君だからこそ、ついて来る奴もいるんじゃないかな?」 その言葉に、マリューは戸惑ったようにフラガを見上げる。 「大尉?」 「何せ艦長自ら、コロニーを口説き落としてボウズを捜させたからな。――あれで、みんな救われたんだ。自分の上司は、部下のために動いてくれる人間だってな」 「……私は、そんな大層な人間じゃないわ」 「戦場に出る奴にとって、何が一番の幸運か、分かるか?」 「幸運……?」 眉をひそめるマリューに、フラガは片目をつぶって告げる。 「部下のために、真っ先に動いてくれる上官に当たることさ」 ひらひらと手を振って、彼は床を蹴り、ドアの方へと移動する。 「そういう上官になら、命を預けるのも悪くないと、俺は思うがね」 ドアが閉まり、彼の姿をかき消してしまっても、マリューはドアを見つめていたが――やがて、かすかに微笑んでシートに座り直した。 そして、指示を下す。 「一時間後に、ここを発ちます。進路、コロニーへ。――キラ君を、迎えに行きましょう」 幻想の時間は、かくも儚く終わりを告げる。 プログラムは滞りなく進み、昼の休憩が取られる。 「キラ、大丈夫か?」 ずっと立ちっ放しだったキラを気遣うアスランに、キラは微笑んでかぶりを振った。 「大丈夫。足は、そんなに怪我してないんだ」 「何か、飲み物でも買って来ましょうか」 ニコルが気を利かせて周囲を見回し、リサイタルを当て込んで店を出すドリンクバーを見つけた。 「僕、行って来ます」 「一人で持てるか?」 「……ちょっと、不安ですね」 「俺、コーラな」 ディアッカは早々に行く気のないことをアピール。 「……俺も行こう」 残るメンツでは、自分くらいしかいないだろう。怪我人のキラにそんなことはさせられないし、イザークは問題外だ。 アスランは無駄な期待は捨てて、ニコルと共にドリンクバーに向かった。 そんな彼を不安げに見送るキラに、背中から声がかかった。 「おい」 振り返ると、イザークが射るような瞳で自分を見ている。 やはり嫌われているのだろうかと、しゅんと目を伏せたキラの腕を、歩み寄って来た彼はぐいと掴んだ。 そして、その蒼い瞳で、キラの瞳を覗き込む。 「――おまえは、今でも死を望むか?」 告げられたその言葉に。 あの閃光が、頭をよぎった。 To Be Continued… |
-----------------------------------------------------+ 感謝の言葉 +----
はづき様から頂きました。幻想リフレインの続き第4回目です。いつもいつもありがとうございますvv 今回は天然キラくんがvvカワイイです〜vvアスランとザフト三人組の反応もすてきでした(^^) イザークとディアッカのキラへの裏切り者としての感情は一段落を見せたようですが、民間人を戦わせていたというナチュラルへの反感は逆に強まったように思えました。そのことでこれからキラがまた心を痛めるのかも…と思うと、やるせないです。あんなに優しい子を、どこまでも傷つける戦争。とても重いテーマだと感じました。 そして登場のマリューさんとフラガ大尉お二人の掛け合い(?)。さり気なくフラガ×マリュー(フラガ&マリューかな?)好きなので嬉しかったり(笑) 最後にイザークがキラに向けた言葉。 キラの脳裏に蘇る閃光。 続きを楽しみにしています。 素晴らしい小説を、本当にありがとうございました。 |
----+ back top next +-----------------------------------------------